旅の常識を変える 「トラベリン・ライト」でゆく低コストな自転車ぶらり旅お金で見るサイクルスポーツライフ<3>
スポーツ用自転車を手に入れたなら、トライしてみてほしいのが自転車旅です。そして自転車で旅をするなら、意識してほしいのが「traveling light」(トラベリン・ライト)という考え方です。必要最低限の荷物で身軽に旅をするという意味で、単に低コストなだけではなく、これこそが自転車ならではの醍醐味、というか自転車でしかできない旅だと考えています。どういうことなのか。具体的に昨夏、私が実際に愛車で行った一泊二日の自転車小旅行を例に紹介しましょう。

自転車だからできる自由気ままな旅
旅の所持品は、スマートフォンや財布の他には着替え、輪行袋、ウインドブレーカー、タオルくらい。ロードバイク用シューズならサンダルがあった方がベターですが、クリートが剥き出しでないSPDシューズであればそれも不要です。自転車用ウエアは速乾性素材なので宿で洗濯すれば一着でOK。荷物を最低限にすれば、ハンドルバッグと大きめのサドルバッグがあれば十分。キャリアなどの特殊な装備は必要ありません。

移動手段は電車(輪行)にしました。自宅から走り出して自宅に帰ってくる「完全自走旅」も良いですが、最初から最後まで「日常から解放された旅」をしたいと思い、まずは電車で知らない駅まで輪行することに。聞いたこともないような田舎の駅で下車し、自転車を組み立てて、駅前から伸びる道を見渡して気が向いた方向に走り出しました。
速く走りたいなら速く走る。のんびりしたくなったらのんびり走る。休憩したくなったら田んぼの傍にぽつんと立っている自販機の缶コーヒーで一服する。夕方になってきたら、町を目指して適当に宿を見つけて泊めてもらう。その夜は地元の定食屋で一杯やったりして、ほろ酔い気分で宿まで帰る途中で、ふと夜空を見上げたりして。「そういえば、ちゃんと星を見たのっていつぶりだろう?」なんて思ったり─。
翌日は、その町にある喫茶店のモーニングコーヒーで眠気を払ったら、初日と同じく何も決めずに走り出しました。潮の香りに気付いたら、海に向かってもいい。山が呼んでいるなら、稜線を目指してもいいのです。
そうして放浪しているうちに、あっという間にまた夕方です。明日からまた仕事だから、そろそろ終わりにしなければなりません。地図アプリで最寄りの駅までのルートを調べ、走ったら、自転車を輪行袋に詰めて、列車を待ちます。「これって何線?JRの○○線か。○まで行って乗り換えて2時間くらいで新宿まで行けるな」なんて調べながら、1時間に1本しか来ない2両編成のディーゼル列車をのんびり待ちます。駅の近くに銭湯があるともう最高です。
全てを決めて何かを目指す旅では、予想したものしか体験できないかもしれません。でも、何も決めない旅なら、思ってもいなかった景色に出会うことができます。そんな無目的の旅は、予定調和の旅とは違った記憶を残してくれます。

視点を変える自転車旅
何が言いたいのかというと、そんな味わい深い旅が自転車なら比較的安価でできるということです。バックパッカーのような特殊な例を除けば、旅はお金がかかるもの。交通費、宿泊費、食費、観光に土産、車を使うなら高速代にガソリン代に駐車場代。観光地に向かうなら、さらに渋滞や行列のストレスも加わります。
自転車なら持ち物は最低限で良く、かかるコストといえば食費、電車代、宿泊代くらいのもの。体を動かすからいつも以上に美味しく感じます。それなのに、非日常感、満足度、思い出の質、どれにおいてもそれまで体験したことのない感覚が残ります。身軽に低コストで最高の旅ができる自転車は、旅の常識すら変えてくれるでしょう。
この型破りな自由度に、ビギナーの方には少しハードルが高い旅にも見えるかもしれません。が、ここでお伝えしたいことは、必ずしもお金をかけずとも、視点を変えるだけで旅はとても豊かになるということです。そんな楽しみ方に、自転車にはうってつけのツールなのです。
すでにスポーツ用自転車をもっているなら、まずは来週末あたり、ふらっと出かけてみませんか?

自転車ライター。大学在学中にメッセンジャーになり、都内で4年間の配送生活を送る。現在は様々な媒体でニューモデルの試乗記事、自転車関連の技術解説、自転車に関するエッセイなどを執筆し、信頼性と独自の視点が多くの自転車ファンからの支持を集める。「今まで稼いだ原稿料の大半をロードバイクにつぎ込んできた」という自称、自転車大好き人間。
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