世界の常識は“左前ブレーキ!?” 実は少数派の日本の組付け事情しくじりサイクリスト〈2〉
自転車乗りなら「あるある」と苦笑してしまうエピソードからプロの失敗談まで、人の振り見て我が振り直す連載『しくじりサイクリスト』。『Enjoy sports bicycle』の編集部員・松尾修作がお届けする失敗談はブレーキのお話。日本のサイクリストにとって、右レバーが前輪、左レバーが後輪というイメージがある自転車のブレーキ。実はスポーツ用自転車においては、左レバーが前輪ブレーキとなっているのが世界の多数派です。なぜ左右逆なのでしょうか。知らずに大変な目にあった筆者の失敗談と併せてご紹介します。
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レース前日に“左前”が支給で四苦八苦
19歳当時、私はスイスのサイクルロードレースチームに所属しており、スイス人やドイツ人が同僚でした。契約初年度のシーズン初戦前日、チームに合流した私にはその年のバイクが支給されました。もう気分はウキウキです。
早速乗ってみると何やら違和感が。普通にブレーキしただけなのに、リアタイヤがロックしたのです。よく見ると左レバーが前輪で、右レバーが後輪のブレーキでした。スイス人の監督になぜか尋ねると「これが普通でしょ? 日本では違うの?」という回答。ドイツ人やフランス人も不思議そうに私を見つめています。
どうやら日本式は欧州の標準とは真逆のようです。「日本は逆なので変えてほしい」と伝えると、「もうレース前日だから、このまま乗って慣れてくれと言われました。 渋々翌日のレースに臨むと結果は散々。クリテリウムという、ブレーキと加速を繰り返すレースだったため、普段と異なるブレーキ方式に四苦八苦しました。
リアタイヤは滑るわ、前の選手に突っ込みそうになるわで普通に走るも一苦労。危ないったらありません。現状をメカニックに伝えて、何とか翌日からのレースには日本式に変更してもらい、ツアーを完走することができました。

規格や設計から見るブレーキ構造
実は日本の自転車はJIS規格で「右レバーが前輪、左レバーが後輪」と規定されています。同様にイギリスや、その同盟国であるオーストラリアなどは“右前、左後ろ”です。車の“右ハンドル”と同じ関係ですね。一方の欧米圏ではロードバイク、マウンテンバイクともに“左前、右後ろ”となります。アメリカではCPSC(米国消費者製品安全委員会)がその配置を安全基準として定めています。
ディスクブレーキがスタンダードになる以前、ワイヤーによるブレーキ制動が一般的だった時代のブレーキキャリパーを見ると、“左前”に対してスムーズなワイヤリングになる設計になっていることが分かります。日本製のブレーキであっても世界の多数派である欧州向けに設計されていたのですね。

当時、オーストラリア人のチームメートと一緒に「なんでオートバイだと“右前”が世界中で一般的なのに、自転車に限っては逆なんだ。おかしいぞ!」、と散々文句を言った記憶がありますが、圧倒的マイノリティは世の中の流れには逆らえません。
一方で、日本にも“左前右後ろ”で組んである自転車もたくさんあります。欧州の自転車事情に詳しく、こだわりの組み方で仕立てているオーナーもいますし、日本人選手の中にも「左前じゃないとダメ」というケースもあります。利き手ではない方に、制動力の強いフロントブレーキをわりあてることで、ブレーキングの際に前転することを防げるといったメリットもあります。
乗る前に確認しようブレーキの右左
ここで思い出しておきたいのが私の失敗。慣れているブレーキが逆になると本当に危険です。例えば他人の自転車を借りるとき、普段と異なる方式になるとほぼ確実に戸惑うはずです。また、近年は通販で自転車を購入できる環境が整ったことで、左右のブレーキレバーが想定とは逆に組付けられていた自転車が届き、そのまま外を走っている、という恐ろしいケースも考えられます。
近年ではディスクブレーキが台頭し、ホース類がハンドルやフレーム内に完全内装されていることもあり、一見しただけでは左右のレバーが前後輪どちらのブレーキに作用するか分からない車体も増えています。

特にスポーツ用自転車においては、速度を出すことよりも、意図して止まれることが最も大事です。万全の態勢でライドするためにも、走り出す前にブレーキの組付け方は絶対に確認しましょう。スポーツ用バイク専門店であれば、ほぼ確実に“右前”で組付けられると思いますが、“左前”にしたい場合はスタッフの方に相談し、プロの作業をお願いすることをおすすめします。

10代からスイスのサイクルロードレースチームに所属し、アジアや欧州のレースを転戦。帰国後はJプロツアーへ参戦。引退後は産経デジタルが運営した自転車専門媒体「Cyclist」の記者、編集者として自転車やアイテムのインプレッション記事を担当した。現在はYouTubeチャンネル「サイクリストTV」でナビゲーターを務めるほか、自治体の自転車施策プロデュース業務を担当。
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