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ダウンヒル選手のウェアはなぜロードバイク選手のようにタイトではないのですか?

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ダウンヒル選手のウェアはなぜロードバイク選手のようにタイトではないのですか?

 マウンテンバイク(MTB)のプロフェッショナルがMTBにまつわる素朴な疑問に答えていく本コーナー。今回は「ダウンヒル選手のウェアはなぜロードバイク選手のようにタイトではないのですか?」という質問です。プロライダーの井手川直樹氏が答えていきます。

今回の回答者 井手川直樹(いでがわ なおき)
 1980年4月22日生まれ。1996年に日本最高峰のクラス、エリートクラスへ特別昇格。今も破られていない最年少記録である16歳で全日本チャンピオンに。2002年から2年間は海外のチームへ移籍しワールドカップを転戦。その活躍からホンダ・レーシング(HRC)MTBチームの設立当初からメンバーとして活動した。在籍中、2年連続でナショナルチャンピオンやアジアチャンピオンなどを獲得し、数多くの功績を残した。現在も現役にこだわり、「KONA RACING TEAM/STRIDER」でレース活動を続けながら、チーム運営やMTBの普及活動に努めている。

 皆さん、こんにちは。プロマウンテンバイクライダーの井手川直樹(いでがわ なおき)です。

 今回のお題は素朴ながらきっと疑問に思っている人がたくさんいることかもしれません。MTBダウンヒル競技の歴史に沿いながら、なぜダウンヒルのウェアが今のようなスタイルになったのかをお答えします。

 ただし、僕のこれまでの経験や記憶からお伝えしますので、正式な年代などが多少前後しているかもしれませんが、そこは皆さんの寛大な心でお許しください(笑)

ダウンヒル選手のウェアの歴史を紐解いていきます

1990年のMTBウェア

 1990年、10歳のときに両親からMTBをプレゼントしてもらったことが僕のMTB人生の始まりでした。90年代前半にはまだ、下り系専用のMTB(前後にサスペンションが付いているタイプ)というのは世の中になく、クロスカントリーで使用するMTB(後ろのサスペンションがないタイプ)でダウンヒルやスラロームといった競技も行っていました。

 動きやすさを重視するクロスカントリーではその頃から、今のロードレーサーの方々が着用しているようなタイトなライディングウェアが主流でした。クロスカントリーとダウンヒルに同じMTBを使うような時代ですから、プロテクターやダウンヒル専用のウェアというものはまだありませんでした。そのため、ダウンヒルライダーもクロスカントリーと同じタイトなウェアを着てダウンヒルをしていたわけです。今考えると恐ろしくチャレンジングな服装です(笑)

 そこから徐々に下り系競技が盛り上がりはじめました。初めはクロスカントリーとダウンヒルの両方の競技に出場していた選手達も多くいましたが、より専門的に、得意種目にだけ出場するようになっていきました。同時に、マシンやプロテクターなども各競技に特化した開発が進められました。

 日本国内では1995年くらいから下り系専用のMTBが出回りはじめたと記憶していますが、この時にはまだダウンヒルライダーといえどフルフェイスタイプのヘルメットを着用した人はほとんどおらず、薄いペラペラのプロテクターに、タイトなレーサーパンツとレーサージャージというのが主流でした。

ダボダボの元祖はショーン・パーマー

 そんな流れを変えたのが、1996年に突如として現れたアメリカ人のショーン・パーマーという選手です。

元々スノーボードやアクションスポーツで活躍していたこの選手が、1996年からMTBのワールドカップへ参戦し始め、その年に行われた世界選手権では初出場ながら2位を獲得して業界を驚かせました。

 その時に彼が着用していたのが、モトクロス(オートバイ)専用ウェアでした。ダボダボっとした見た目に長袖長ズボンでド派手なスタイルは、アクションスポーツ好きな下り系のライダー達に衝撃を与えました。

 ここから流れが大きく変わり、モトクロス用のようなバイザー付きのフルフェイスヘルメットに、ド派手でダボダボっとしたウェアを着るのが主流となりました。機能面よりも見た目のカッコ良さが選ばれたということになりますね。

 もちろん僕もショーン・パーマーに憧れて、1997年から彼と全く同じヘルメットとウェアを買ってレースに出場していました(笑)

2002年に再び訪れた転機

 2000年から2005年くらいまではダウンヒル競技の盛り上がりが世界的にピークを迎えます。マシンの性能も年々進化し、レースでも0.01秒の差で勝敗が分かれるとなると、各メーカーやチームでは空気抵抗を減らすため様々な取り組みを行っていきました。

ワンピースタイプの全身スキンスーツを着用していた時期もありました

 2002年にまた注目されたのが、抵抗の少ないタイトなウェアでした。スタイルや見た目の点から、練習ではかっこいいダボダボのウェアを今まで通り着用し、タイムを出す必要のある予選や決勝では今のトラック競技の選手が着用するようなワンピースタイプの全身スキンスーツを着用する選手が増え、着用した選手達が軒並み好成績を残すようになりました。

 90年代にも、アメリカのマンモスで開催されていたKAMIKAZEダウンヒルなどで空気抵抗を減らすためのスキンスーツを着ている選手がいましたが、2002年になると全てのレースにおいて多くの選手がスキンスーツを着用していました。

 この年から空気抵抗を減らすための試行錯誤が激化します。バイザーが付いたヘルメットのバイザーを外したり、シューズにまでエアロ効果のあるカバーを取り付けたりと様々な取り組みがおこなわれました。ロードレースのタイムトライアル競技やトラック競技のような感じですね。

 僕も2002年にワールドカップを走っていた際にはチームから支給されたスキンスーツを着用していましたが、体感でも分かるほど風の抵抗は減り、確実にスピードアップしてタイムを短縮できたので、それだけ風の抵抗がスピードを落としているということを実感していました。

 2003年から所属していたG Cross HONDA時代(HONDAがMTBを作っていた時代がありました!)には、F1でも使用していた風洞のテスト場を借りて、MTBとライダーをセットして様々な空力のテストをおこなったこともありました。結果、やはりスキンスーツの方が空気抵抗は少ないという数値が出ていました。

ダウンヒル競技用ウェアのルールが誕生

 しかし、この状況に「待った」をかけたのが当時ワールドカップを走っていたトップライダー達でした。

 スタイルや見た目のカッコ良さを重視するという文化を持つダウンヒル競技では、バイザーを外したヘルメットや、タイトなスキンスーツを着た写真がウェブや雑誌に掲載されるのは「カッコよくない」という意見が多くなり、ワールドカップに参加している選手達自身が署名を集め、UCI(国際自転車競技連盟)に提出しました。

 これが議論され、2008年にUCIが下記の内容を正式に発表し、翌年の2009年シーズンから今にいたるまでのダウンヒル競技用ウェアのルールができました。

  • ダウンヒル競技用ウェアのルール
  • ①伸縮性のある材質のタイトフィットの衣類は許可されない
  • ②コース上でのレースおよびトレーニングの両方でフルフェイスヘルメットを正しく着用しなければならない
  • ③ヘルメットにはバイザーをつけなければならない
  • ④オープンフェイス形式のヘルメットは着用できない

 このルールが発表されてからスキンスーツを着るライダーはいなくなりましたが、ウェアの素材などの進化もあり、2015年くらいからはルールに違反しない程度のタイトなウェアへとまた変わってきています。

2019年現在のダウンヒルウェアの例

 最近は薄めの生地で収縮性が高く、速乾性のあるウェアが主流で、ハーフパンツではなくロンングパンツ(長ズボン)タイプが増えています。

 速さを求めるなかでも、スタイリッシュなカッコ良さや「魅せる」ということを重視するダウンヒル競技。

  時代の流れととともに「動きやすい→見た目重視のカッコ良さ→空力を意識したスキンスーツ→見た目重視のカッコ良さ→動きやすさと空力を意識したカッコいいウェア」と、速さを求めることとカッコ良さを求めることがせめぎ合いながらバランスをとってたどり着いたのが今のウェアということになります。ダウンヒル競技独特の文化が生んだ専用ウェアのお話し、おわかり頂けたでししょうか?

 今回お伝えした内容はあくまでも競技を行う際のウェアとなりますので、趣味や楽しく乗る際には動きやすく安全な服装であれば規定はありません。ご自身の好みに合わせたスタイルでライディングを楽しんでくださいね!

 最後までご覧いただき、ありがとうございました。