2023.10.2
山形県鶴岡市出身。英リーズ大学卒業。シノベイト(現ipsos日本法人)、アウトドアブランド、モンベルでの勤務を経て、一般社団法人「南アルプス山守人」と南アルプスマウンテンバイク愛好会を創設。それらを統括する「YAMANASHI MTB 山守人」代表を務める。山守人として令和4年度「自転車活用推進功績者表彰(国土交通大臣表彰)」を受賞。
この人の記事一覧へ「マウンテンバイク(MTB)を健全な形で広めたい」─。その一心で山梨県南アルプス市を拠点にトレイル整備の活動に奮闘する「YAMANASHI MTB 山守人」の代表、弭間(はずま)亮さん。「山が荒らされる」との懸念からMTBの走行を規制する地域もあるなか、弭間さんを中心とする愛好会のメンバーは地元住人の理解を得て、地域と協調しながらトレイルを開拓。いまや山梨県の政策として後押しされるだけでなく、培ったノウハウが県外のフィールドからも注目を集めています。その背景に「MTBと中山間地域が抱える課題との意外なマッチングがあることに気付いた」という弭間さん。10年間の活動で見つけた光明と、その先にあるビジョンについて話を聞きました。
─「山守人」というMTBのイメージとは異なる和風なネーミングが印象的です。
私自身山形県の生まれで、幼い頃から日本の自然や歴史、文化、伝統、その中で暮らす人々の営みに触れて育ったというルーツが影響しています。登山やスノーボードなど様々なアウトドアスポーツをする中でMTBに出会ったのですが、そのときにMTBで走るトレイルはそもそも山道がベースになっているということに気が付きました。昔の人たちが山中を移動するために必要に迫られて作ったもので、かつてはこの道を馬や牛が往来していたのです。
私たちがいまトレイルを走れるのは、そんな山や自然を活用して生きてきた先人たちがいたからです。その山の歴史にしっかり関わらせていただき、持続可能なMTB環境を実現したいとの思いから自分たちのことを「山守人」と名付けることにしました。
─なぜ自らこのような活動を始めたのですか?
趣味としてMTBで山を走っていた当時、地域によっては住民の方から「山を荒らす危険な乗り物」と厳しい目を向けられることも少なくなく、仲間内だけが知るコースを隠れるような気持ちで走っていました。そんなトレイルを堂々と走行できない自分たちの立場に常々疑問を感じていたんです。
そんな中、山梨県南アルプス市にある櫛形山(くしがたやま)の活用を目指していた南アルプス市内の団体から、「MTBの普及活動をやらないか」という話をもちかけられました。MTB活動を公に行うにはホワイトな環境を築く必要があるため、容易に引き受けられることではないとわかっていましたが、このままの状態ではMTBはいつまで経ってもグレーゾーンから抜け出せないと思い、日本にMTBを健全な形で広げるために自分が覚悟を決め、人生を賭けて引き受けることにしました。
しかし、活動を始めてすぐに大きな問題に直面しました。トレイル整備の許認可を得る相手、つまり山道の管理者が不明だったのです。そもそも登山道の管理者は明確に決まってないことが多く、山小屋経営者や地元登山団体、行政が関与しているものの、安全管理責任の所在は不明瞭なことが多いのです。山道によって管理状況、所有状況などが異なり、さらに様々な制度等の仕組みも重なって環境整備のとっかかりをつかむことすら難しい状況でした。
欧米ではこんな問題は起きません。例えば英国では公的な権利として山道利用が認められており、米国では地権者が明確化されています。こうした仕組みは山道を利用しやすい環境整備につながります。裏を返せば、海外で市場が大きいMTBが日本で普及しない理由は、こうした根本的な仕組みがないことに起因しています。
それだけでなく、この山道利用をめぐるハードルは森林の維持管理も困難にします。これまでは登山団体が登山道の整備を担っていましたが、スタッフの高齢化が進み、山道を整備する担い手が減少しています。そこに近年の気候変動による豪雨続きで登山道が傷み、ますます山に人の手が入らなくなるという悪循環が全国の中山間地域で起きてしまっています。
ただ、その点で山梨県には好条件もありました。森林に占める県有林の割合が国内最大で46%もあるのです。県の協力を得て県有林にトレイルを整備し、MTBが山の中へ入っていけるようになれば地域が抱える課題解消に役立つ存在になるのではないかと思い、そのためにまずは関係各所との合意形成に取り組む必要があると考えました。
─具体的にどのような活動に取り組まれたのですか?
数人の仲間とともに活動の核となる「南アルプスマウンテンバイク愛好会」を結成し、ボランティア活動として手入れされていない区有林の山道再生や維持管理を手伝うことから始めました。
それだけでなく、地域の歴史や文化、地理などを学び、祭事や清掃活動、雪かき、高齢者コミュニティ支援、さらには獣害対策、耕作放棄地の開墾からワインづくり等々、多岐に渡る活動の手伝いをしながら信頼を獲得し、時間をかけて山間部でMTBが地域と共生できる体制を構築していきました。活動を続ける中で次第に仲間も増え、当初3人で始めた愛好会はいまや約250人(2023年9月現在)のメンバーを擁するまでに成長しました。
─メンバーはどのようにして拡大していったのでしょうか?
トレイル整備は当会の活動の一環で、入会する方々の多くはMTBに乗りたくて集まってきてくれた人たちです。MTBを始めたいけれどどこに行ったら良いかわからない、機材を購入したがどこを走ったら良いかわからない、そんな思いを抱えている初心者の方々が口コミ等で当会の存在を知り、入会するといったケースが多いです。
実はビギナーの人たちが集まるということが非常に重要なんです。MTB愛好家だけで集まると良くも悪くも組織が尖ってしまい、コミュニティとしての発展性を失ってしまう可能性があります。MTBが地域と共存するために、「危険なもの」として特定のエリアに押し込められてしまうことだけは避けたいと考えていました。
地域に開かれたフィールドにするには、誰でも走れるパブリックコースを作り、安全最優先で活動すること。そのために新規入会者向けに説明会を実施し、そこでルールの徹底とスキル講習、入・下山届システムや機材に関する基礎的な知識を説明します。その一方で、この活動が森林保全にも資するということを理解してもらうため、フィールドの維持管理にメンバー全員で取り組むことを活動の一環として組み込んでいます。
そのためにも私たちの山道整備には持続可能性を最優先に考えた工法を取り入れています。ただトレイルを作るのでなく、楽しさや安全性を最優先としながらも、維持管理性にも重きを置く。トレイルが浸食されないよう雨水を適切にコントロールできるか、ブレーキコントロールしやすくすることで、いかに地面を痛めないようにするかを意識した工法を独学で研究しました。
口でいうのは簡単ですが、それは大小の石を現場で集めるなど、地道で多くの人手が必要な作業です。でも、そうやってコツコツと自分たちの手で山道を作るというのは特別な体験で、実はライド以上に仲間との共同作業を楽しんでいる人が多いような気もします。メンバーの年齢層も小学生から70歳の方までいて、そのような幅広い年代のつながりを生み出せるのも老若男女問わず楽しめるMTBならではと感じています。
─MTBがアクティビティとしてだけでなく、自然と人、人と人をつなぐツールになっているんですね。最後に、今後の展開と目標について教えてください。
愛好会の活動趣旨に賛同する企業からの支援も集まり、活動が軌道に乗り始めた2020年、社会的信用を得て活動をさらに加速させるために愛好会の法人格である一般社団法人「南アルプス山守人」を設立しました。その後、ファミリー向けの大きなMTBパークをオープンしたり、パンプトラックを併設したキャンプ場をオープンしたりと、夢に描いていたことが徐々に形になってきています。
整備した走行フィールドも総延長30kmを超え、標高差も1,000mに。私たちの活動に賛同してくれる自治体の動きも県内外に広がりつつあるので、さらなるトレイルの拡充を目指して引き続き取り組んでいきたいと思います。
目指すゴールは設立当初から変わらず、山道利用の安全性を確保し、多くの方々に素晴らしい山林を楽しんで頂く礎となっていくMTBの制度づくりです。MTB愛好家がルールを守り安全に山道を利用し、持続可能な形で山道を維持管理できるようにすれば、その結果地域のMTB愛好者が責任をもって管理し、その結果MTBのフィールドが増えていくでしょう。ひいてはそれが登山道の維持管理にもつながる。いつかMTBが日本全国の山を正々堂々と走れる日が来ることを想像しつつ、日本の大切な自然環境や地方の歴史文化を守っていくためにも、そのモデルケースを山梨県から全国に発信しながら道筋を作っていきたいと思っています。
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