TOPインタビュー3度のオリンピアンが自転車の楽しさ広める 飯島誠さん「50代も成長にチャレンジ」

Interview インタビュー

3度のオリンピアンが自転車の楽しさ広める 飯島誠さん「50代も成長にチャレンジ」

─飯島さんの現在のお仕事について、教えていただけますでしょうか。

 ブリヂストンサイクルで、現在はスポーツ車戦略部の市場開発課に所属しています。

 昨年開催された東京2020オリンピックまでは、自転車競技の講演をすることが多かったのですが、今は安全な乗り方、正しい乗り方、自転車の楽しみ方を伝える仕事で、市町村の観光課など、自転車活用推進を進める行政の企画に参画して、アドバイザーとしてサポートしています。皆さん、自転車のルールは習っていても、実際にどうやって正しく走るかわからないことが多いんです。そこで、ルールに照らし合わせてどう走るか伝える。講師として講演を行ったり、職員の方と一緒に走ったりすることもあります。

加須市サイクル教室の様子 写真提供:ブリヂストンサイクル

 それから機材開発にも携わっています。昨年発表された新しいロードバイク「RP9」もテストしました。JCF(日本自転車競技連盟)への機材供給の窓口もしています。チームには今は関わっていないのですが、またレースに出てみたい気持ちがふつふつと湧いてきています。RP9で出場してみたいですね。

─40歳を目前に選手を引退されました。選手・競技時代から今のお仕事に、どのように変わっていきましたか?

 最近のレース界は40歳を超えて走り続ける選手も多いですよね。自分も45歳までいける自信はあったのですが、そこからセカンドキャリアを迎えて定年までの15年間ほどで何かできるかと考えたら、これは厳しいなと思いました。同僚から「自転車選手を引退しても自転車は乗れるじゃないですか」と言われて、なるほどと。40歳から45歳って体も動いて行動力もある。だったら引退するのは今かなと。40歳から社会人のスキルを積み重ねたら、50歳からが豊かになるんじゃないか。そうした考えに至ったことが選手を辞めた理由ですね。

 結果としてですが、選手を辞めて良かったです。というのも、社会人としてのスキルがなくて、エクセルとかワードとか、初めて聞くような言葉でしたし…。今でこそ講演の資料も自分で作りますが、やはり今は仕事を生活の中心にしていきたいと思っていました。3年ほどはレースにも行かず、その後2年ほどホビーで走りましたが、ときめきはなかったですね。レースも楽しいけど、「やっぱり今は仕事だなあ」と感じていました。

写真提供:ブリヂストンサイクル

 2015年までの5年間は、営業で「アンカー」ブランドのスポーツ用自転車の販売を担当していました。2014年にはナショナルチームのコーチにも就任し、リオデジャネイロ五輪のとき、2016年の5月から翌年4月までは休職して、ナショナルチームの中距離ヘッドコーチを務めました。営業の仕事をこなしながらコーチもしていたのですが、さすがに両立は難しく、コーチに集中しました。

自身も3度オリンピックに出場。写真は北京オリンピック・ポイントレースでの一コマ 写真提供:ブリヂストンサイクル

 ブリヂストンサイクルに戻ってからは営業の仕事も経験しましたが、レース関連の部署に移ってから、チームブリヂストンサイクリングが拠点を静岡県の三島市に移すことに携わりました。その後、東京五輪に向けての普及活動や機運醸成を担う部署に2018年夏から異動し、学校講演や補助輪外しのイベントなどが主な業務になりました。

静岡県で行われた講演の様子 写真提供:ブリヂストンサイクル

 2019年の富士スピードウェイで行われた全日本自転車競技選手権大会ロード・レース(入部正太朗選手が優勝)では、小中学生の生徒約1500人が社会科見学のような形で観戦してくれました。その際にも、自転車競技の歴史やルールなどを説明するコーナーを5つくらい作って、社員で手分けして出迎えました。

 ここ最近はオリンピックを外から見ることはなかったので、東京2020オリンピックですごく良い経験をさせてもらいました。

─何がきっかけで自転車に乗り始めましたか? 今はどんな乗り方をしていますか?

 元々は単純に自転車に乗ることが好きだったんです。ママチャリで奥多摩に行ったりしていました。中学校2年生のときに友達のロードバイクに山中湖で乗らせてもらったときに、表現できないくらいのスピードを感じました。そこからロードバイクに乗りはじめて自転車競技にのめり込みました。レースのときはとにかく速く走りたい、とにかく強くなりたいと思って走っていました。

 今は実走で年間10,000km、週に3日くらい乗っています。機材開発やタイヤのテストなどもあるので、結構乗っています。ただ、走り方は選手時代の頃とは変わりました。選手を引退して、速く走らなくても良くなったので、いろいろな楽しみを感じるようになりました。カフェライド、グルメライドがこんなに楽しいのかと。選手時代にはなかった自転車の楽しみを味わっています。自宅から半径20kmくらいでも、行ったことのない道に行くのが楽しいんです。そこに新たな発見や気づきがあって、本当に楽しいなというのが最近ですね。埼玉の田舎に住んでいますが、いろいろ発見があって楽しいですよ。走っていて見つけてしまったマイ大判焼き屋が3軒あるんです。

マイ大判焼き屋は3軒 写真提供:ブリヂストンサイクル

 最近はインドアのバーチャルサイクリングも楽しいと思うようになりました。トレーニングが効率的にできることもあり、50歳になっても成長できる。これはコロナ禍での再発見ですね。またレースに出たくなってきてしまいました(笑)

─自転車の魅力を伝えることを考えたときに、子供や大人に、どんな言葉が響きますか?

 自転車の魅力を伝えるときは、まず楽しさを伝えていきたいですね。安全の話も必須ですが、それだけだとつまらなくなってしまいます。なるべく楽しさを伝えるようにしています。風を切って乗る気持ち良さ、普段と違う景色を自分の力で見ることができるといったようなことを話します。移動のスピードが、徒歩より速くてオートバイよりも遅いので、気づけることが多いのも自転車の魅力ですね。

 子供向けには、とにかく速いことを伝えます。それから、世界ではスポーツとして確立していることも伝えると目が輝きますね。例えばオリンピックでは第1回大会から競技として行われていて、3番目に種目数が多いということを話します。

 大人向けには、ランニングより行動範囲が広くなることを話します。普段、自動車で走るところを自転車で走ると再発見があったり、ダイエットにもいいですし…。コロナ禍で通勤スタイルが変わったり、テレワークで時間ができた方もいると思いますので、その時間を使ってみてはという提案をしています。

写真提供:ブリヂストンサイクル

─コロナ禍で自転車の楽しみ方は変わりましたか?

 自転車の大会やイベントは減ったり中止になったりしましたが、ソーシャルディスタンスを保てる、人との接触が限定的なスポーツなので、乗る方が増え、楽しみ方も増えたのではないでしょうか。

 自分はソロライドで自由気ままに乗っています。テレワークが進んでから、自転車に向き合う時間は増えましたね。以前は筋力トレーニングをガッツリ行っていました。コロナ禍で体育館に行けなくなったことでそれができなくなりましたが、特に何も感じませんでした。でも、自転車は違います。自転車は乗らないと変な感じがするので、やっぱり自分は自転車が好きなんだなと、コロナ禍で改めて気づかされました。自分にとっては、自転車がより身近な存在になった気がします。

 インドアのサイクリングは某番組の企画でやり始めたら楽しくなってしまいました。家の外でも中でも、自転車に乗ると、スッキリしますね。無心になれるんでしょうか。自転車に乗っているときもいろいろなことを考えるのですが、そういうことも含めて自分には自転車が合ってる気がします。冬休みに製品のテストで「500km乗って」と言われて、久しぶりに寒い中、自転車に乗りましたが、寒いのもいいなと思ってしまったほどです。雨も後始末が面倒なので敬遠されますが、そうした日でも自転車に乗ることは嫌ではないです。

 自分の場合は自転車に乗ることでリセットできるんでしょうね。仕事に凄く前向きに向かえるし、逆に乗ってないとストレスを感じてしまいます。自転車を取り上げられると困るので、家族の次に大切なのが自転車だと気づきましたね。

─今後、自転車を楽しむ人が増えるにはどうしたらいいでしょうか?

 まずは走る環境でしょうか。まずは安全に走る環境作りが大事なのではと思います。正しく乗る走り方を伝えることはできるのですが、環境は自分たちだけではできませんから。自転車と歩行者が良い関係で共存できる走行環境が整うと一気に変わってくるのではないかと思います。

 自分が関わる自転車教室では、交通ルールはルールとして伝えつつ、車の目線、自転車の目線、両者の目線で伝えつつ、道路を使うすべての人がハッピーになるために、自転車はこう走るといいですよね、という伝え方をしています。初心者が道路上で嫌な思いをすると離れてしまいますから。

写真提供:ブリヂストンサイクル

─今後の飯島さんはどのようにありたいですか?

 何か新しいことにチャレンジしたいですね。ここ1、2年、コロナ禍によって時代のスピードが一気に進みましたが、激変していく時代においても、10年後、20年後にも成長を感じるようなチャレンジをしてみたいです。

 チャレンジの内容は…募集中です(笑)。機会を与えていただけるなら行きたいですし、制限が多い時代だからこそできることもあるので、何かお役に立てることがあれば、どんどんチャレンジしたいです。現状維持は衰退だと思っているので…。

 一方で、ロードレース解説の仕事でも今の30代は、自分達が30代の頃にはなかったような知識を持っていて、緊張感を高めてくれます。若手の成長スピードに負けないように、アンテナを高く、そしてアウトプットに繋げていかなくてはならないとも思っています。

 個人的な目標としては、50代でも250ワットで自転車をこぎ続けられる体力を保つのが目標です。(東京パラリンピック金メダル2冠の)杉浦佳子選手には、年齢なんてただの数字だと言っているので、人に言うからには自分も実行しなければならないと思っています。年齢は経験値だと思っていれば、いろいろな広がりもあるので、ポジティブに捉えて50代を最大限にエンジョイしていきたいです。

 最後に自転車界でヒゲはニッチだと思っているので、“ヒゲ”ジャンルで攻めていきたいですね(笑)。

写真提供:ブリヂストンサイクル