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Interview インタビュー

世界基準のMTBバイクパークを日本へ 先端事例を手掛けたトレイルビルダーが考える理想の“道”

―トレイルビルダーはどんな仕事なのでしょうか

 いわゆる遊歩道や登山道といった道を作る仕事です。マウンテンバイクが走行できるトレイルを作る会社もあります。日本には数えるほどしかありませんが、オーストラリアには30社、ニュージーランドには20社ほどあります。非常にゆっくりですが、世界的には増えていると思いますよ。

―トレイルビルダーになろうと思ったのはどうしてですか?

 話すと長いですね。米国留学していた頃、将来はパークレンジャー(自然保護官)になりたいと思っていました。ですが、パークレンジャーは拳銃を扱うので、そもそも米国の市民権がないと、授業さえ受けられません。なので、大学ではアウトドア教育学科に入りました。

 留学後、日本に戻って会社員をしていました。けれども、自然の中で生活するのが性に合っていて、米国に戻って登山道を作るボランティア団体に入ったんです。そこでは、半年間、パークレンジャーと一緒にトレイルを整備したり、作ったりしていました。ここでトレイルの仕事に興味を持ったんです。

 その後、ビザの都合で仕事を探さねばならなくなり、英語圏でトレイルに関わる仕事をしたいと思って、インターネット検索で出てきたすべての会社に履歴書を送ったんです。そうしたら、オーストラリアのタスマニア島の会社から返事をもらえました。そこからトレイルビルダーとしての本格的な仕事が始まりました。

―MTBトレイルを作る仕事に出会ったのはこのときですか?

 実は、まだ先のことなんですよ。オーストラリアでの最初の仕事は、タスマニア州のタスマン国立公園の中に遊歩道や登山道を作る仕事でした。何もない場所にヘリコプターで降り立ち、森の中で生活しながら道を作るというプロジェクトです。総工費は約25億円、総長約65kmのロングトレイルを作る仕事でした。

タスマニア登山道。タスマン国立公園にて。2014年12月撮影 Photo: Yuta URASHIMA

 車では行けないようなところなので、現地に着いて3日後にはヘリコプターの乗り降りをする訓練を受けていました。何もないところにヘリコプターを使って、食料や重機も運びます。6人1チーム、全体で3チームが動いていて、自分のチームは1年で10km超のトレイルを作りました。

 この頃から、MTBにはプライベートで乗るようになりましたが、まだ、MTBトレイルと関わりはありませんでした。

―過酷な生活が想像されますが…

 9日間働いて5日間休む。その繰り返しになりますが、働いている9日間はお風呂には入れませんし、トイレも穴を掘ってそこで済ませていました。毒蛇やスコーピオン、アナフィラキシーショックを与える殺人アリがいたり不自由なことや危ないこともありますが、最高でした。森の中にいると気持ちいいんですよね。

―MTBのトレイルを作り始めたのはいつからですか?

 次に入った会社です。同僚が持っていたMTBの雑誌を見て、同じタスマニア島でMTBのトレイルを作るプロジェクトがあることを知って、ダメもとで応募したら、トライアルをするので来てくださいと返事が返ってきました。仕事ぶりが評価されてワールドトレイルという会社に入ることになったんです。

 ワールドトレイルは、MTBのUCIワールドカップのコースデザインを担当した人が立ち上げた、世界トップクラスのトレイル建設会社です。 世界20カ国約200のコースを手がけた実績も持ちます。そんな会社ですから、MTB好きが多くいました。エンデューロレースでダウンヒルライダーのサム・ヒル選手に勝ってしまうようなトップアスリートの同僚もいました。一方の私は、トレイルを作る技術はあったのですが、乗るほうのテクニックは場違いな感じで…。同僚に聞いても「本当に初心者だったよね」なんて言われてしまったほどです。にもかかわらず、みんな温かく迎え入れてくれました。

―MTBの世界に入ってみてどうでしたか?

 登山道作りはシンプルなんですが、MTBトレイルだと想像力が試されるというか、秘密基地を作るような遊び心があって、没頭しました。MTBトレイルの奥深さに感激しましたね。

―ワールドトレイルでは、どんな仕事をしましたか?

 ここでも公共事業で、国・州・地方自治が協力して進める約3億円のプロジェクトに関わりました。タスマニア島のダービー村にマウンテンバイクのトレイルネットワークを約80km作るというプロジェクトです。いわゆる村おこしです。その初期のステージに関わって、20〜30kmのトレイルを作りました。

ブルーダービー上級者向けコースを造成する浦島悠太さん Photo: Ryan De La Rue

 そのトレイルは「ブルーダービー」と呼ばれていて、「マウンテンバイクツーリズム」で世界で最も成功したトレイルとして知られています。

 オープンから3年後には、年間3万人が来るようになりました。ダービー村とその周辺地域への経済波及効果が円換算で約12億円から15億円ほどになったといいます。後日、行政は7000万円の追加投資を行っていますから、成功した公共事業とみていいですよね。

 ブルーダービーが誕生してから、周辺の不動産価格は2倍くらい高くなりましたし、現地の不動産物件ではMTBで遊べることを売り文句にしています。タスマニア島はマウンテンバイクツーリズムが非常にホットです。

ブルーダービー オープニング Photo: Yuta URASHIMA

―ワールドトレイルの後は?

 ワールドトレイルで1年過ごして、延長して働くこともできましたが、別の会社でも働いてみたかったんです。フェイスブックでニュージーランドでトレイルビルダーを募集しているのを発見して、ダメもとで応募したら受かってしまったので、ニュージーランドの「クライストチャーチ・アドベンチャー・パーク」で働くことになりました。

―ニュージーランドではどんな仕事を?

 ニュージーランドでは、何もない森で一からバイクパークをつくるというプロジェクトに関わりました。 国、州、民間が 協力して進め、総工費は約20億円、「南半球最大のマウンテンバイク専用パーク」という謳い文句で、365日営業のバイクパークを作ろうというものでした。トレイル作りに携わりましたが、オープンして2カ月後、残念ながら山火事で燃えてしまったんです。営業停止になり、ほとんどの人が解雇され、延長して働けなかったので、日本に戻ってきました。

ニュージーランド、バイクパーク建設時代 2016年9月 Photo: Yuta URASHIMA

―世界を見てきて日本のMTBの環境についてどう見ていますか

 別世界ですね。日本には公共のトレイルが数えるほどしかありませんが、オーストラリアやニュージーランドには、街の近くにMTBトレイルがあります。街ごとにMTBトレイルが存在するんです。

 そして、すべて公共のトレイルで、駐車場があり、トレイルヘッドにはマップがあって、レベル分けもされています。

 日本には走れる場所が少ないうえに、公共のトレイルは数えるほどしかありません。気軽に走れる場所があるといいですね。

―良いトレイルの条件はありますか?

 トレイルと駐車場やトイレやスキルアップエリアなどの関連施設との導線が明瞭なことです。車から降りてどういったルートを辿って森の中に入っていくのか。海外ではトレイルヘッドに必ずマップがあったり、そのトレイルでの遊び方(マナー)があったりしています。スムーズに森に入っていけることが重要ですね。

ブルーダービーのトレイルサイン Photo: Yuta URASHIMA

 また、仮に森の中で怪我をしても、ライダーを救えるように、トレイル内に標識があるのかどうか、そうしたところを踏まえた導線設計ができているかも気になります。

 ほかにも、ライダーが怪我をしないように、ある程度予測できる作りになっているか、トレイルが壊れないように、排水がコントロールされているかもポイントです。全体を見て、考えつくされたものが良いトレイルだと感じますね。

ブルーダービーのトレイルサイン Photo: Yuta URASHIMA

―日本でMTBが普及するには? どんな環境があれば理想的ですか?

 MTB人口を拡大させるために、人口の多いところにバイクパークがあるのが理想ですね。MTBがもっと身近になる必要があると思います。民間のバイクパークだけではなく、ゆくゆくは行政と一体となってやっていくことが必要になるように思います。

 しかし、現状では行政の方にMTBが正しく理解されているように思いません。MTBと聞くとダウンヒルばかりをイメージする方もいるように思います。MTBがダウンヒルだけでなく小さなお子さんでも楽しめる気軽な遊びでもあることを伝え、行政とやり取りできる窓口が必要になると思います。

 あとは、ダービー村のように、多数のマウンテンバイカーがやってきても、地元が混乱しないように仕組み作りを行ったり、コミュニケーションをとっていくことが不可欠だと思います。

 日本には、レースの側面からMTBを広げようとする人もいれば、フィールド作りで盛り上げようと考える人もいます。そうした人たちが、徐々に行政と絡んで大規模な形でやっていければ、広がっていくと思います。

―浦島さんの夢は何ですか?

 日本でも正々堂々とMTBで走れる場所が誕生すればいいなと思います。誰もが遊べる公共の場所で、トレイル全体のレイアウトが考えつくされた、世界基準のバイクパークが日本に生みだせたらいいですね。