TOPインタビュー鈴木雷太さん インタビュー

Interview インタビュー

スポーツ用自転車の初心者に贈るアドバイス
店舗経営からイベント企画までマルチにこなすMTB日本代表監督・コーチに聞く

鈴木雷太(すずき らいた)
シドニーオリンピック クロスカントリー日本代表。アジア大陸選手権優勝、全日本MTB選手権大会優勝などの経験を得て2007年に引退。 現在は松本市にBIKE RANCHを構え代表を務める。
スポーツバイシクルの楽しさを世の中に広めていく活動の一つとして、『アルプスあづみのセンチュリーライド』の実行委員長 兼 プロデューサーを務め開催中。
またレーシングサービスとしてジャパンMTBナショナルチーム監督として日本選手団と共に世界の舞台で活動中。

―自転車に乗り始めたきっかけを教えてください

 中学時代にツール・ド・フランスを観たこと、ブラックバス釣りにはまって遠くまで自転車で釣りに出かけることで、サイクリングの楽しみを知ったこと、やんちゃな時期で、オートバイに乗りたかったのですが、免許も取れない年齢だったので、ロードバイクをオートバイに見立てて、下りで競争していたこと。この3点が同時期で重なったことがスタートです。

―どんな自転車に乗っていたのでしょうか?

 中学2年生のときにフカヤのオリジナルバイクを中古で買ったのが自分にとって初めてのロードバイクでした。その後に、バイトをして貯めたお金でオスカ、アマンダ、カザーティに乗っていました。青春時代は全部自転車に注いだ感じです。

―ロードレースのツール・ド・フランスに憧れていたのに、MTB選手になったのはどうしてですか?

 最初はロードバイクだけ乗っていました。ロードレースのプロに憧れて、高校卒業後に愛知県のプロショップで働きながら平日は朝練、週末にレースに出るといった生活です。プロショップを辞めてから、東京の名門チームにロードの選手として所属していました。ロードレースでは大成しませんでしたが、上りだけは強かったですね。

 転機になったのは21歳のときです。シクロクロスにも取り組んでいてその成績がよかったので、3カ月ほどオランダに自転車留学できることになりました。ホームステイでお世話になったのが当時オランダのMTBナショナルチームのコーチで、その人から「MTBをやったほうがいい」と薦められたのがきっかけです。帰国したらブリヂストンのMTBチームができ、たまたま欠員が出たのもあってチームに入れました。それからMTBのクロスカントリー選手としての本格的な活動がスタートしました。

―シドニー五輪のMTBクロスカントリーに出場しましたが、当時の思いは?

 MTBが1996年アトランタ五輪から正式種目になり、「いつかは出たいな!」と思っていました。アトランタ五輪の選考会では、4-5番くらいの順位でした。五輪代表に選考される現実味のある結果だったので「ヨシ次は!」と思い、俄然やる気になりました。1999年のアジア選手権で優勝。日本に国別枠1名をもってきました。

 シドニー五輪の選考会は、4回ありましたが、2位、パンク、2位(独走から最後1kmくらいでのチェーントラブル)と来て、最終選考会で優勝して選ばれました。切磋琢磨したライバルはみんな友人で、仲間の気持ちも一緒にシドニーに持って行けて、清々しい気持ちでスタートできたのは昨日のことのように思い出せます。

―引退後は何をやりたいと考えていましたか? そして始めたことは何ですか?

 引退後、迷いに迷って選んだのが今のお店という箱です。輸入問屋や、乗り方を教える「鈴木雷太スポーツバイシクルアカデミー」なども考えましたが、自分の持っていたものはロードバイクとMTBの乗車技術や整備などの経験であって、それらを伝えたいと思い、初心者の人たちに接することができる場所が「小売店」だと思ったからです。

―メディアでインプレッションライダーを務めるなど、様々な自転車に乗ってきたと思います。初心者が自転車を選ぶうえで大切なことは何でしょうか?

 まず言えることは、お店選びが一番重要かと思います。大きなお店や老舗でも会話が弾まなければただの気難しいお店になってしまうので、なるべく近くて行きやすいお店を実際に訪れて、スタッフさんたちと話をしてフィーリングの合うところで、選んでほしいですね。

 自転車選びではサイズ合わせも重要ですが、具体的に「こうしたい」「あそこまで走ってみたい」「ダイエット目的」「通勤+週末に少し走る」といった目的のほかに、「陸上をやっていて自転車もやってみたい」、「昔の仲間が自転車にはまって勧められた」といった様々な情報を伝えましょう。仲間に勧められたのであれば、その仲間が週末にどんな走り方をしているのか、ロードバイクなのか、MTBなのか、イベントにも出ているのか、などもなるべく多くの情報を伝えて、それに合ったバイクを選ぶことが重要です。

―初心者がスポーツ用自転車に乗るときに気を付けるべきことは?

 安全ですね。機材面での安全はもちろん、走るうえでの安全(自己防衛含む)をしっかり教えてもらえるお店選びが重要です。

―ロードバイク、MTBの楽しみはどんなところでしょうか?

 自転車の楽しみは、「風を感じること」「自己実現(できなかったことができるようになること、またはできないと思っていたことが少しずつ実現していくこと)」「大人も子供も自転車というツールで同じ目線になれること。人種、色、文化、宗教など関係なくなること」「メカいじり」などです。

 その上で、ロードバイクは仲間との共同作業によって仲間との絆が強くなること、ロングライドの旅的感覚が好きですね。簡単に言えば、複数人で走れば先頭交代をしながら風の抵抗を分散できますし、上り坂でもみんなのペースに合わせたりして、運命共同体で走り切るのがいいところです。

 MTBは「操る楽しみ」「浮遊感」「自然」」「爽快感」「G」などです。浮遊感というのは、MTBで山を走ると「飛ぶ」というより「飛んじゃった」という瞬間があって、距離にして5mほど、高さは出ませんが浮き上がる感覚です。Gはコーナーをうまく曲がったときに感じられます。そうした感覚が最高です。

―店舗立ち上げだけでなく、サイクリングイベントの「アルプスあづみのセンチュリーライド」もプロデュースしました。

 ホノルルセンチュリーライドに参加して景色の良さなどもありましたが、何と言ってもあの雰囲気が最高に良かったです。帰国してから普段練習している道で「あれ、この地域も負けてないぞ!」と思いました。ある日「国営公園をつなぐ何かできないか?」と話があり、それなら「センチュリーライドでしょ!」となったのがスタートです。

―サイクリングイベントを立ち上げた一方で、MTBのイベントに手を付けていないのはどうしてですか?

 MTBのイベントはやりたいと思っていますし、それこそ時代の流れに合わせてネタはドンドン湧いてきます。しかしながら使用場所の許可の問題と運営費の捻出がネックになっています。単発でやろうと思えばできるとは思いますが、一過性だと地元の方の理解も得にくいですし、使用場所やトレイルへのインパクトなど、その後のネガティブな要素を含んだ事態に発展しかねない案件を他でいろいろと耳にします。

 経営といったら利益追求主義に聞こえてしまうかもしれませんが、地元の理解、安全管理、参加者の満足を考えていったなかで、参加者数を計算すると、とても運営はできない状況です。僕のスタンスとしてイベントに税金を使わないことも大切にしているので、今はネタを温める準備期間としてチャンスの時期を狙っています。

―MTBの人気が少しずつ高まっているようですが、まだ足りないようにも思います。今、MTBにいい流れはないのでしょうか?

 昔からMTBは、各地で店舗や愛好者が活動を続けています。それを束ねる組織ができれば大きなムーブメントになるのかなと思います。組織の活動としては、自転車協会が始めたフィールド助成金がありますが、とてもいいと思いますね。活用するフィールドが増えれば世の中の理解も進むので素晴らしい制度だと思います。

 身近なところでは、森の整備にMTBが役立つことが挙げられます。植林した森には人が入ったほうが荒れずにすみます。適度に人が出入りするほうが、下草が生えずに植林にはいいようです。歩きやすいように整備もされるので風通しもよくなります。こうしたことからMTBを活用して若者に森に入ってもらえばいいのではないかという話もあります。ネガティブな話ばかりではないですよ。

―他にもMTBの日本代表監督とコーチのほかに、今春からは専門学校のアドバイザーも務めるようですね。

 新しいチャレンジとして、松本情報工科専門学校のスポーツバイシクル学科で専属アドバイザーを務めることになりました。店舗経営やイベントプロデューサーだけではなく、今は活動範囲がさらに広がっていますが、常に自転車業界で役立つ人材でありたいと考えています。

 専門学校のアドバイザーを始めようと思ったのは、自転車業界に人材の新陳代謝が少ないと気づいたからです。業界に今不足しているのは若い人材と新しい人材です。新しい人たちがしっかりと外の風をこの業界内に吹かせることができれば、自転車業界はもっと繁栄できると僕は思っています。

―最後に、今なお長野県の松本市で活動を続けている理由はありますか?

 松本が好きなのと、松本が走りやすいからです。松本は文化都市で、歴史と今現在、そして歴史と自然が融合しています。また買い物もしやすく、松本にないものは長野市にもないというくらい商業施設が整っています。郊外に行けば走りやすい環境があります。

この人に対するQ&A