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Interview インタビュー

自転車競技はスポーツ実況の原点 「レースの魅力をエンターテインメントとして伝えたい」

─モータースポーツやサッカーと数多くの実況を手掛けていますが、その中でロードレースの位置づけは?

 どれも好きなスポーツですが、中でもロードレースは自分が初めて実況中継を担当したスポーツなんです。2002年の「ブエルタ・ア・エスパーニャ」(以下、ブエルタ)が最初だったんですが、それがなければこんなにスポーツ実況をやらせてもらうこともなかったと思うので、自分にとっては実況の原点であり、自分を育んでくれた場所。そういう意味では大切な場所です。

─ロードレースの実況をすることになったきっかけは?

 白戸太朗さんとの出会いです。2001年4月から「J-WAVE」で番組をもつことになって、当時日曜の朝にやっていたアウトドアの番組で毎週ゲストを呼ぶコーナーがあったんです。もともとツール・ド・フランス(以下ツール)が好きなスポーツの1つだったこともあり、唯一日本人でツール出場を果たした今中大介さんをゲストでお呼びしたんです。

 その翌週にさらにプロトライアスリートとして白戸さんが登場することになって。高校生の頃から一視聴者としてツールの中継を見ながら白戸さんの実況も聞いていたので、お二人に「ツール、いつも観てますー!」って話をしたんです。それがツールが始まる前のタイミングで、おそらく白戸さんと今中さんが当時の番組プロデューサーに「こんな人間がいる」と僕を紹介してくれたんだと思います。メディアの人間でツールを見ている人って当時そんなに多くなかったのか、いきなりツールの中継番組でゲストで出てくれないかという流れになったんです。

 でも、予定が合わなくて残念ながらそれはキャンセルになっちゃったんです。「ツール(の中継)に出られるチャンスだったのにー!」って本気で落ち込みました(笑)。そしたら2カ月後に今度はブエルタに出てもらえないかということになって。「ゲストに呼んでもらえる!」と思って喜んでいたら「実況で」と言われて、「ええーーーーっ!やったことないですけどー」って(笑)。でも、当時のプロデューサーの方が「ラジオで喋れるならできる」と思ってくれたんでしょうね。そんなこんなで2002年のブエルタが人生初の実況中継となりました。

─そもそもサッシャさんがツールを好きになったきっかけは?

 ドイツにいたときからツールのことは知っていましたが、子どもだった当時はそんなに真剣には観ていませんでした。日本に来て、高校生のときに自宅でケーブルテレビが見られるようになってツールの中継を観たときに「めっちゃおもしろいじゃん!」と改めて思って、それから毎年観るようになりました。

 自分の中でとくに夢中になったのは、1996年にビャルヌ・リースの勝利をヤン・ウルリッヒがアシストしていたとき。「ドイツ人がいる!」って盛り上がりました。それまでドイツ人選手はそんなにいなかったんですよ。そして1997年にウルリッヒが総合優勝。ドイツ人選手の活躍で盛り上がりが最高潮に達して、その後マルコ・パンターニが勝って、ランス・アームストロング出てきて、そしてランスVSウルリッヒの対戦と続いた。そのあたりで自分の中の自転車競技熱が確定的になりました。

─実況の依頼が来たときは、どんな気持ちでしたか?

 とにかくエンターテインメントとして楽しく観てほしいという思いがありました。他のスポーツでもそうなんですが、一視聴者として当時の日本のスポーツ中継に少し堅苦しさを感じていたんです。例えば米国の中継だと、選手のプライベートな話とか小ネタや、実況と解説の人が「そういえば昨日妻と夫婦喧嘩しちゃって〜」のようなプライベートな話も挟んだりするんですよね。そういう要素を少し加えることで選手に興味がもてたり、より一層おもしろさが増すんですよね。

 日本ではスポーツが神聖なものと捉えられていて、笑いの要素を挟むことは「汚す」というイメージがあるようです。でも実はそうでなくて、スポーツをリスペクトしているからこそすべきことだと思うんです。昔、野球で「珍プレー、好プレー」という番組がありましたよね。あれは「本編の中継じゃないから良い」と言われているけれど、そうでなくてスポーツとしておもしろいだけでなく、エンターテインメントとしてもおもしろい方がいい。そんな、自分が一視聴者としてずっと見て感じていたことを取り入れたいと思っていました。

─実況の準備はどれくらい行うのですか?また実況中気を付けていることは?

 敢えて言うなら、準備は「全レースを観る」ということだと思います。実況って自分の中で連続ドラマの監督をやっているようなものだと思うんです。例えばドラマが10話あるうちの1話目と5話目と10話目を僕が監督するんだとしたら、途中を見ていなかったら5話目だけなんてできませんよね。なのでレース全体をストーリーで追うことと、選手のシーズン全体の流れとかコンディションなどを把握するために他のレースも見たりします。

 気を付けている点としては、僕がもともと自転車競技のファンとして感じている魅力やおもしろさをどう伝えたら視聴者に伝わるのか、ということを常に考えています。レースに詳しい方もいれば見始めたばかりの人もいるので、全ての視聴者を満足させることは難しい。でも、長い中継の間に、見慣れた人向けの内容だけでなく初心者向けの内容も混ぜたり、さまざまな角度でどうしたらレースの魅力を伝えられるかということは常に考えています。

 大げさに盛ることはしないけれど、いかにドラマチックに伝えられるか。ここが盛り上がりどころだと思ったら少しテンションを上げて喋ったり、レースを観ながら自分が感じたことをトークに反映させます。例えば中継中にスマホを見てたり、ごはんを食べていたり、観るスタイルは人によって様々。寝落ちしていたり、違う部屋に行ってたりする人もいますよね。そういうメディアの向こう側にいる視聴者の姿を想像しながら、レースの動きを知らせるために叫んだりもします。自分が視聴者の立場だったらどうしてほしいか、どうやったら楽しめるかという視点を心がけています。

─サッシャさんの実況は、レース周辺の話題も興味深く聞いています。

 例えば自転車競技にまったく興味がなかった奥さんが、旦那さんと観ているうちに興味をもってくれたという話を聞くとすごく嬉しい。自転車好きな人が好きになっていくだけなら、僕がいなくても好きになると思うんですよ。僕は、そういう人たち以外にも間口を広げたい。ロードレースはそれ自体がおもしろいので、僕が盛り上げなくても展開がわかれば楽しめると思うんです。問題は、そうでない人にどうすれば競技のおもしろさがわかってもらえるか。もっと言えば、そもそも興味のない人にどうやってこの競技に出会ってもらえるかなんです。レースの内容だけでなく選手の人間味に触れたり、画面に映った城の話やコースとなっている地域の話をしたりすることで、まったく自転車競技に無縁だった人が興味をもってくれるようになったら、そこを入口にしてレースを観る人も増えると思うんです。

─いまやすっかり相方となった栗村修さんですが、サッシャさんから見てどんな人ですか?

 栗村さんとは自転車競技に対する愛情を共有できていると思います。それをどうエンターテインメントとして伝えて喜んでもらえるか、どう裾野を広げていくかという意識を共有できているから、一緒にやっていて心強いです。中継の中で敢えて言葉にしなくても、そこが共有されてるから何を言っても逸脱しない安心感があります。あ、話は相当脱線しますけどね(笑)。

─いつも2人とも楽しそうですね。

 栗村さんは楽しそうですよね。なんて、僕も楽しんでますけど(笑)。根本的な思いを共有できているし、2人の中でずれがないから、すごくやってて楽しいですよね。栗村さんがいなかったら、僕が理想に描いていた中継も実現できなかったと思います。おかげで僕も楽しんで中継ができるし、それが結果的に観ている人の楽しさにつながってるんだとしたら、それは7割方、栗村さんのおかげなんじゃないかと思います。

─ドイツの自転車文化は日本とどのような点が異なりますか?

 僕が子供の頃ドイツに住んでいたのは1980年代半ばまでですが、自転車専用道路はもちろん、自転車専用の信号もあります。最近東京都内でも、歩道の半分が自転車で半分が歩行者用となっているエリアがありますよね。でも、平気で自転車のゾーンを歩行者が歩いている。ドイツで歩行者が自転車道を歩こうものなら、歩行者が「危ない!!」って怒られるんですよ。日本はなんでも歩行者優先ですけど、ドイツではそうでなくて歩行者であってもしっかり怒られるんです。そのくらい、自転車の立ち位置がはっきりしているんです。

 日本では自転車も車道を走ることになったけど、自転車の立ち位置がすごく中途半端で、結局邪魔者扱いされてしまう。日本の道路交通法って、なんでも歩行者が強すぎる感じが良くないですよね。歩行者が急に飛び出しても、事故が起きたら車が悪者になる。その点、ヨーロッパは自己責任の世界で、自転車にもちゃんと走る場所があって、事故が起きてもどちらが悪いかは場合による。日本はなんでも力がある方が悪いということになるから、結果、自転車の立ち位置がすごく中途半端なことになっているんだと思います。

 あと日本は自転車が移動手段として浸透しているけど、レジャーとして楽しく乗ることは浸透していないように思います。いわゆる「ママチャリ」と呼ばれる一般用自転車のユーザーが「もうちょっと遠くまで乗ってみよう」と思えるような道路構造になっていないことが大きな要因。だから日本では自転車ユーザーが大きく二分化されてしまっているんじゃないでしょうか。自分で意識的にロードバイクに乗ってみないと、自転車の楽しさを感じにくい社会になっていると思います。

─自転車の種類としてはロードバイクが多いんですか?

 MTBが多いです。クロスバイクとMTBを合体させてサスペンションが搭載されたようなモデルが多いかな。そして絶対、皆ヘルメットをかぶります。MTBを一般用自転車として乗っている人もいますが、それでも絶対かぶります。

─ドイツでは、子供の頃から自転車の交通ルールを教えるんですか?

 小学校低学年のとき、子供たちは学校で「自転車教室」を受けます。子供たちに自分の自転車を持ってこさせ、乗り方の訓練を受けたら、それを証明するシールが与えられます。そのシールがついている自転車でなら通学を許可するという取組みが行われています。自転車専用道路や信号などの認識は、学校で教わるというよりは家庭レベルのしつけですね。だから僕が10歳の頃、ドイツから日本に来たときは自転車専用のレーンや信号がないことに驚きました。

─東京五輪で自転車競技に期待することは?

 ジャパンカップやツアー・オブ・ジャパン、そして「ツール・ド・フランスさいたまクリテリウム」とか、最近は海外のトップ選手を日本で見られる機会が増えましたが、ただ、世界のゴールドメダリストを決めるという特別なレースを間近で見られるなんて…やばいですよね(笑)。スタート地点で観るのかフィニッシュラインで観るのか、はたまた上りの区間で観戦するのか、いまから悩みどころです。

 国内レースで来日した海外のトップ選手たちに聞いても、皆、日本のファンたちは世界一のファンだと口を揃えます。ポスターを手作りして応援してくれたりとか、それもすごく手が込んでいて、これほどの愛情をもって応援してくれるのは日本人以外にいないと言われています。なので世界の自転車競技が日本で観られる機会であるとともに、世界中に日本のサイクルファンが世界一のファンであるということを、わかってもらえるベストチャンスだと思うんです。

 日本にこんな世界最高のファンがいるということが放送を通じて世界に伝われば、「こんな最高のファンがいるなら、日本でもワールドツアーのレースを実施すべき」と思ってもらえるきっかけになる気がするので、自転車ファンはみんな集合して、世界一の応援をしてほしいと思いますね。日本でのワールドツアーのレースが来て、ひいては日本人選手がツールに出るようになるとか、そういったことにつながるきっかけになってくれればと思っています。

(取材協力:J-WAVE)