TOPインタビュー世界を旅したサイクリスト・昼間岳さん 「人生に必要なものは全て自転車に載る」

Interview インタビュー

世界を旅したサイクリスト・昼間岳さん 「人生に必要なものは全て自転車に載る」

昼間岳(ひるま がく)
幼い頃から自転車で世界一周するという夢を抱く。大学時代は国内外を旅し、卒業後は自転車店に勤務。2009年に念願だった自転車世界一周へ出発。5年8カ月をかけて多くの出会いや感動、経験を自転車に載せながら世界60カ国、距離にして5万8000kmを走破。『Cyclist』で『旅サイクリスト昼間岳の地球走行録』を現在連載中。

―自転車で世界一周をしようと思ったきっかけは?

 僕の場合、自転車がメインというよりは旅が先にありました。もともと学生時代はバックパッカーとしてインドを旅したりしていましたが、もっと幼い頃から世界一周の旅をしたいと思っていて、そのツールとして自転車が良いと思っていたんです。

 そう思ったのは、幼い頃の家族旅行で北海道にいったときに目にした風景がきっかけでした。北海道をクルマで移動していたとき、車窓から2人のサイクリストが路肩の草原で大の字になって休憩していたんです。その様子があまりに印象的で、子供心に「なんて自由なんだ!」と思ったんです。当時、僕が経験していたキャンプは観光地がメインで、移動の楽しさなんて考えたこともなかったのに、彼らは移動中もすごく自由な時間を楽しんでいた。本当に一瞬見ただけなんですけど、それが強烈に印象に残りました。

 「いつかあんな旅がしてみたい」と思い続けるうちに、だんだん目的が旅そのものにシフトしていきましたが、やはり世界を一周したいと思ったときに、どうしてもあの自由な自転車スタイルで行きたいと思いました。

 とはいえ、それまで自転車は通学などでしか乗ったことがなかったので、学生時代(21歳)に世界旅の予行練習として自転車で日本縦断しました。知識がまったくないことがわかり、このまま外に出たら大変だと思って自転車ショップに就職し、4年間務めて資金も貯めました。

―そもそも世界一周をしてみたいと思ったのはなぜですか?

 かなり漠然とした思いでしたが、どこに行きたいというより「世界全部を見たい」という思いがあったのかもしれません。何がきっかけというよりは、幼い頃からもう「行くもの」だと思い込んでいて、それに向かって行くだけという感じでした。だから高校生の頃から「青春18きっぷ」をもって旅に出たり、世界一周旅につながる練習をしていたように思います。とにかく「行く」とだけ決めていて、20年間それに向けて練習していたような感じです。

 あと、インドのすごさを確認したいと思ったことも理由の一つです。バックパッカーにとってインドって特別で、聖地のような場所なんです。僕も学生のときに卒業旅行で4カ月くらいインドに滞在しまして、たしかにインドってすごいと感じました。ただ、世界を知らずに、「インドすごい」って言ってるのもなんか違うなと思って、ちゃんと「世界を見た上でインドのすごさを感じたい」と思ったんです。

―実際に世界を回ったいま、インドをどう感じていますか?

 世界旅を終えたあとに一週間くらいインドに行ってきたんですが、すごく“まろやか”な国でしたね(笑)。学生のときの印象と全然違いました。インドはおもしろい国ではありますが、それが特別かというと、世界はもっと広い。例えばエチオピアとかの方がもっと変わった人たちがたくさんいたし、旅のしにくさだったらインドの比ではない国もたくさんありました。あんなに刺激たっぷりと思っていたインドだったんですけどね(笑)。

―旅に出るのは怖くなかったですか?

 怖かったというより、不安に押しつぶされそうになりましたね。未知の世界を自転車で旅するという事があまりにも無謀に思えて。調べれば調べるほど不安になっていくので、あまり調べないようにしてたんですが、今度は逆に調べてない事に不安になるというか。でも学生時代のパックパッカーの時もいつもそうでした。出発前は不安でいっぱいなんですが、いざ現地に着き飛行機を一歩降りた瞬間、それまでの不安が一気に旅が出来る喜びへと変わるんですよね。なので出発前はあえて不安を押し殺さずに、不安を楽しんでました。後はなるようになるさという感覚ですね。

―実際に危ない目に遭ったことはありますか?

 環境的な要因と人為的な要因があるんですが、環境的なものでいえばサバンナで野宿した時とかですかね。野生動物のエリアってそんなに広くなくて、一部の地域があってそこに国道が抜けているので、危ない目に遭う心配はありません。ただ、次の街にたどり着けずに国道上にテントを張らなければならないときは、象の大きな足跡とか、糞が転がっているエリアにテントを張らなければならないので、命がけのキャンプです。ナイフを握りしめながら寝ました。

―動物相手にナイフで戦うんですか?

 いえ、緊急脱出用です。象とか来たときにテントをやぶって逃げるためのね。何もわからずに踏み潰されるよりは、という思いです。肉食系の動物はサファリツアーなどに参加して、やっと見られるという感じだったので、路上で肉食動物が現れることはなく、象やシマウマ、キリンなどの草食動物がいました。テントの中で動物が近くにいる気配も感じて、そのときは生きた心地がませんでしたが、幸い危険な目に遭うことはありませんでした。

―危険ですけど、楽しそうですね(笑)

 自転車から見る野生動物というのはとても感動的で、日本で見る動物園の動物とは全然違います。初めてキリンを見たときは、こちらをかなり警戒していたようで、くるっと反転して走り去っていったんですけど、そのまま羽が生えて飛んでいってしまうんじゃないかというくらい軽やかな走りでした。野生動物ってあんなに軽やかに走るんだと感動しましたね。米国でアメリカンバイソンと対峙したときは怖かったですね。あとグリズリーとかも相当迫力があります。いまだに動物園で見ていても怖いです。

―人為的に危険な目に遭ったことは?

 ペルーで遭った「首絞め強盗」の被害です。今思えばありえないくらい不注意でしたが、ホステルを探せないとこの先の旅が行き詰まるので焦っていたんです。画面を見ながら歩いていたら新市街ではなく旧市街に踏み込んでしまい、やられました。

 面白いもので、いざ危機に直面すると、逆に頭がクリアで冴えわたり、現在の状況と手持ちの貴重品を瞬時に判断できました。取られて困る貴重品は全て宿に置いてきたので抵抗せず、盗まれたのがバックアップ済みの安いカメラと、すぐに買えて同期できるiPodのみだったのが不幸中の幸いでした。首を絞められながら「バックアップしといて良かった~」って思いました(笑)。

―たくましいですね(笑)。リスクの備え方や盗難への危機感は慣れるものなんですか?

 パスポートも再発行できますし、クレジットカードも再発行できるという感覚で、それよりもパソコンがダメになった、データがダメになった等の方が問題です。片道航空券で入り、帰国が決まってない旅の方が多いので、あまりその辺は気にしないというか、命の次に大事という感覚ではなかったですね。用心した上で盗られてしまったら「再発行すればいい」という感じです。実際、「盗られて、再発行待ってます」という人は多かったですね。

―一方で人の優しさに救われるのも旅ですよね。

 特に自転車旅は、その土地の人の優しさをたくさん受けられるのが最大の魅力だと思います。世界各地で本当にたくさんの人達から、ごはんに誘ってもらったり家に誘ってもらったりしましたが、トルクメニスタンのご家庭にお邪魔した時には、その優しさに本当に救われました。

 トルクメニスタンでは観光ビザが下りず、50℃に迫る灼熱の砂漠500kmをトランジットビザが辛うじて下りる5日間で走り切らなければならないという非常に厳しい国でした。普段は夜間は走行しませんが、50℃近く気温が上がると、日中は休憩を長く取りながらの走行になるので、どうしても涼しくなる夜間に距離を稼がなくていけません。走行2日目も午後9時頃まで走行してなんとか距離を稼ぎたかったんですが、住宅が全然途切れずにテントが張れる場所がみつからず、疲労と眠気もあり相当焦ってました。

 そこで、仕方なく庭で家族がくつろいでいて声を掛けやすかったお宅に「お庭でテントを張らせてもらえないでしょうか」とお願いしたら、夜間の突然の訪問にも関わらずとても歓迎してくれました。家族の食事はとっくに終わっているのに、僕らのために食事やフルーツまで用意してくれてもてなしてくれました。本当に疲れ果てている時だったので涙が出るくらい嬉しかったですね。

 翌朝は5時ごろ出発するので、「今日のうちにお別れの挨拶をしておきます」といい、何度も感謝の気持ちを伝えさせてもらったのですが、なんと翌日その時間から起きてくれて朝ごはんまで用意してくれました。さすがにここまでしてもらっては申し訳ないので、一人10ドルのお礼の気持ちをお父さんに渡そうとしたら、「私たちはそんな大層なことはしてないよ。それより旅が終わったらまたおいで」といって受け取って貰えませんでした。

 360度見渡す限り地平線の絶望する灼熱の砂漠の国ですが、たったひとつの素晴らしい家族との出会いがトルクメニスタンの印象を大きく変えました。

―自転車で旅をしている人は、単独が多いんですか?

 現地で出会い、そのまま一緒に走っているという人たちはいますが、ほぼ単独で旅をしています。出会って一年間くらい一緒に走っているという人たちもいたし、そのままお付き合いして走っている人もいます。僕も妻と南米で知り合い、ルートが大体一緒だったので、一緒に回る中で付き合いすることになりました。

 昔は旅をするなら絶対一人だと思ったんですけどね。一人だから色々な出会いに柔軟に対応できたのもありますし。いまはもう一人旅は考えられないけど、そういう順序を経られたのもよかったかな。若いうちに一人旅をしておいてよかったと思います。

―旅中、帰りたいと思ったことはありましたか?

 おもしろいことに、誰もいない荒野に一人でいても孤独を感じないんです。逆にヨーロッパの雑踏を一人で歩いているとき、きついなと思ったことがありますね。でも、それくらいかな。

 「終わらなければ良いのに」とは何度も思いました。その思いを一番強くしたのは、最後の箱根峠ですね。小田原をゴールに設定していたんで、東海道を走って最後に箱根を越えたんですが、「この峠を超えたら旅が終わってしまうんだ」と思うと、無事帰ってこれて良かったという思いと、寂しいという気持ちと、色々な感情がこみ上げました。

 南米大陸を走ったあと、フエゴ島という島を走ってきて、最後、本島に渡るフェリーから眺めた景色が、まるで出来の良い映画のエンドロールを見ているようでした。旅を始めてから最終地点として目指していたフエゴ島が離れていくというのは、本当に感慨深いものがありました。泣きながら、小さくなっていくフエゴ島をずっと見ていましたね。そういう感傷に浸れるのも、自転車旅の魅力だと思います。

―世界旅を終えて帰国して、日本の見え方は変わりましたか?

 色々と変わりました。例えば、欧米人が「YES・NO」とはっきりいうのに対し、日本人は曖昧な表現をするといわれていて、それが良くないことと言われていますよね。でも、帰国後はむしろ、それがいいと思えるようになりました。

 広大な土地で生きている欧米人は「YES・NO」だけで生きられる環境下で生きてきた。でも日本人は狭い土地で肩を寄せ合って生きてきたからこそ、人間関係を円滑にする日本人の“曖昧さ”が生まれたんじゃないかと思います。他人とのかかわり合いを良い意味で濁す文化はすごく素敵で、むしろそこは誇っても良いんじゃないかと思います。人も抜群に優しいし、他人を思いやる気持ちが根底にある文化だと思います。

 おもしろかったのが帰国時のこと。自転車で道を走っていると警戒されているのか誰も近づいてこないんですが、「世界一周走ってきました」というボードを作ったら今度は逆に近づいてきてくれました。良くも悪くも、想像力があるのが日本人なんでしょうね。

 文化だったり、食だったり、大陸とは切り離された全く違う文化。こんなにおもしろい国はなかなか他にないと思います。とくに食は自転車で走る上でかなり重要だったので、こんなにごはんが美味しい国というのは本当に貴重だと思いましたね。まあ僕自身が日本人の味覚をもっているというのもあるんでしょうけど。最後に日本を走れて良かったと思っています。

―この自転車旅は人生に影響を与えましたか?

 ものすごくありました。人生に必要なものって全部自転車に載るんだなって思えたことで、すごく楽になりました。バックパックの旅だと衣服と食料はほとんど運べないし、テントもないので野宿もできない。でも自転車旅って、テントもバーナーもある。食料も詰める。荷物を削ればコーヒーセットと、ちょっとした音楽を聞く道具も積める。そもそも自力で長距離移動できたという経験は、すごく人生観が変わるくらい楽になった。自分が生きる上での幸せの判断基準というのが、だいぶシンプルになりました。

 行き詰まったら、また海外にいけばいいやっていう「逃げ道」みたいなのができたのも嬉しい。いまの気分は南米だから南米を走ってみようとか、片道で行ってみようとか、実際問題そんなに簡単にはいけないだろうけど、いつ行ってもいいんだという気持ちの余裕がもてるようになりました。

―いまは子育て真っ最中とのとですが、旅への衝動が湧くことはありますか?

 子育てって、子どもが小さいうちは半径何km以内の範囲が全世界になるんですが、子供と接することで「この狭い範囲にこんな世界があったのか」ということに気付かされるんです。この小さい家を中心とした世界がこんなにおもしろいと気付けたのは、世界を一周してきたからだと思うんです。逆に世界一周をしていなかったら、子育ての環境にはとてもじゃないけど耐えられなかったでしょう。いまをすごく幸せだと思えるのは、真剣に自転車旅をしてきたからだと思います。

―子育てが一段落したらまた一人で旅に出たいと思いますか?

 今度は家族と行きたいですね。一人旅から二人になって、今度は家族旅。行くとしたらあまりきついところではなく、ドロミテ街道とかを走りたいですね。草むらでテントを張って、遠くでカウベルが鳴ってるね~とかいいながら(笑)。

 子供が小さいので具体的な計画はまだまだですけど、妻と「子供たち連れて、いつ行けるかな」と話をしています。僕は、長期の旅は自力で行くべきだと思うので、子どもたちには僕がかつて親にしてもらったように、きっかけとなるような旅の経験をさせてあげたいと思っています。海外だけでなく国内でも、自分たちが行ってよかったと思えたところを今度は子どもたちと見て、一緒に感動できたらいいなと思っています。