TOPインタビュー「実は坂が全くダメでした」…篠さんを“無敵女子”インフルエンサーにした自転車の魅力とは

Interview インタビュー

「実は坂が全くダメでした」…篠さんを“無敵女子”インフルエンサーにした自転車の魅力とは

篠(しの)

漫画『弱虫ペダル』をきっかけに2014年にロードバイクに乗り始める。自転車歴7年。登録者数4万人YouTubeチャンネル『Shino-山は性癖です-』やSNSで自転車の楽しさを発信中。山岳旅ライドを好み、最近はオフロードにも熱心に取り組み始める。磐梯吾妻2Days 女子総合優勝、富士ヒル 女子選抜2位、乗鞍一般女子4位、奥多摩&檜原ステージ女子総合優勝(以上2022年戦歴)

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聞き手: 後藤恭子(ごとう・きょうこ)

アウトドアメーカーの広報担当を経て、2015年に産経デジタルに入社。5年間にわたって自転車専門webメディア『Cyclist』編集部の記者として活動。主に自転車旅やスポーツ・アクティビティとして自転車の魅力を発信する取材・企画提案に従事。私生活でもロードバイクを趣味とし、社会における自転車活用の推進拡大をライフワークとしている。

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 山をこよなく愛し、SNSやYouTubeで自転車の魅力を発信するインフルエンサー・篠さん。名実ともにアマチュアトップクラスのヒルクライマーとして注目を集める一方で、最近はオフロード系の自転車にも挑戦するなどオールラウンドな走力に磨きをかけています。そんな“走るところ敵なし”の篠さんですが、実は最初から山好きではなく、むしろ大嫌いになりかけたこともあったそうです。自転車を始めたきっかけや、坂嫌いをどう克服したのかなど、色々と話を伺いました。

購入わずか2カ月で100km超ライド

―自転車に乗り始めたきっかけはコスプレだったとか

 学生時代に『弱虫ペダル』のコスプレをしていたとき、知り合いのコスプレイヤーに「ロードバイク乗ってみたらおもしろかった」という人が多かったので、気になって購入したのが始まりでした。自転車ショップで白いフレームにアルカンシェルカラーが入っている自転車を見つけて、「これがいい!」と思って値段をみたら30万円くらいで…。でも、新しい趣味を始める上で最初から良いもの買った方が長続きすると思い、バイト代をはたいて購入しました。

ロードバイクを始めた頃の篠さん

―自転車はすぐにハマりましたか?

 初めて乗ったとき、「この乗り物すごい」と思いました。軽く漕いだだけでスピードに乗って、風を切ってる感じがすごいなーって。それまではいわゆる「ママチャリ」しか乗ったことがなく、しかも10年以上ぶりに乗ったのがロードバイクだったので、その軽快さに驚きました。ただ『弱虫ペダル』で思い描いていた世界とはちょっと違うなと(笑)。漫画のキャラクターのように坂を速く上れるわけでもなく、普通にしんどかった。でもそこは漫画と切り離して、乗り物としての面白さに興味をもちました。

 最初の頃は自宅がある新宿周辺から池袋にあるショップまでを往復する日々。12kmで「たくさん乗った!」と思っていましたが、ある日、ショップに忘れ物をして2往復し、期せずして30km走ることに。30km走れるなら友人が住む立川まで自転車で行けると思い、行ってみたところ往復で60km走ってしまいました。片道30kmですから、そりゃそうですよね(笑)。それでだんだん走行距離を伸ばすことが楽しくなり、思いついたのが『弱虫ペダル』で一番好きなキャラクターの新開隼人・悠人という兄弟の実家がある(という設定の)神奈川県の秦野までの自走。新宿からちょうど60kmほどだと知ったその日、何かに突き動かされるように夕方4時に家を出て秦野へと向かいました。

―その頃から“篠さん”たる萌芽はあったんですね(笑)

 すごく苦労して、秦野駅に辿り着いたときには夜の9時を回っていました。当時は年末で、駅前のきれいなイルミネーションを眺めながら「ついたー!」と写真を撮ったんですが、次の瞬間「さてどうやって帰ろう」と(笑)。当時はまだ輪行という手段を知らなかったんです。とりあえず入ったファストフード店も夜の12時で閉店となり、どうしようもなくなって来た道を自走で引き返しました。新宿に着いたのは明け方の5時。それが往復128kmで、初めての100km超ライドになりました。

何度挑戦しても「山は全然ダメ」

 その2か月後に初めて山に上ってみようと思い立ち、一番近い山を検索した結果出てきたヤビツ峠に行くことにしました。新宿から最短で行けるルートとして表示されたのがいわゆる「裏ヤビツ」と呼ばれるルートで、とりあえず行ってみたんですが、なんせ2月ですから、山に近づくにつれて次第に雪が吹雪いてきて、本格的に上りが始まる道はアイスバーンになっていました。斜度5%程度の斜面でも自転車を下りて押して歩くくらいしんどくて、想像してたのと違いました(笑)。でもせっかく来たから頂上に行きたいと思い、押し歩いたり乗ったりを繰り返しながら上りました。それから秦野へと下り、再び自走で帰りました。

 「なんでこんなに上れないんだろう」と思い、色々と調べるなかでビンディングペダルを知り、変えたりもしました。最初に上ったヤビツ峠が“裏”だったことも知り、今度は表側に行きましたが、それがまためちゃくちゃ坂で(笑)。 山に入る直前の蓑毛(みのげ)というバス停に自動販売機があって、もう少し耐えれば斜度が緩くなるのにそこで脚をついて休んでしまった。そのあと何度行ってもどうしてもそこで止まってしまう。そのときの自分に負けた感がすごくて…、「やっぱり山は全然だめだな」とうちのめされていきました。

 ヤビツだからダメなのかとも思い、箱根にも行きましたが、結局しんどいことに変わりはなく、むしろ行った時期が5月の真夏日だったこともあり大変な苦行になりました(笑)。相変わらずパーカーとジーンズという格好で、食料とペットボトル5本をリュックに入れて背負い、新宿からずっと自走しました。暑いし荷物は重いしで途中で10回くらい脚をつきました。初の200km超ライドになりましたが、それでだいぶ凝りてさらに山を避けるようになりました。

「好き」が一番の才能

―山が嫌いになるパターンですね(笑)

 ただ、その後に転機が起きたんです。コスプレ仲間から「弱ペダ聖地巡礼ライド」に誘われて、江の島から箱根まで走る企画に参加したときのこと。箱根の上り口に着いたとき、「やっぱりもう箱根はいやだ!絶対上りたくない!」と抵抗したんですけど、メンバーの中の一人の女性に「せっかく来たから上ろう」といわれて、一緒に上ることにしました。

 ところがスタートして数百mほどで、その女性の姿はもう見えなくなってしまった。いままで漫画の世界の話だと思っていましたが、山を軽々と上っていける人が、しかも女性で実在するということに驚きました。「彼女が上っているなら、自分もとりあえずゆっくりだけど上ってみよう」と思い、本当にしんどかったんですが、初めて麓から上まで一度も脚をつかずに上ることができました。ゴールしたとき「初めて自分に勝てた!」という嬉しさがこみ上げてきて、「上りをもう少し頑張ってみたい、やっぱり坂が好きかもしれない」と思いました。そのとき、その女性が「好きと思える気持ちが一番の才能」と言ってくれて、この言葉が自分にとって自信をもつきっかけになったと思います。

自分で道を切り拓く楽しさ

 そんな出来事があったあと、仕事で初めてもらった連休を使ってまた一人で箱根へ行きました。初日は芦ノ湖周辺で宿をとり、翌日自走で帰る予定でしたが、天気が良くて朝の5時に目が覚めて、せっかくなら違うところに寄って帰ろうと思い、検索したら近くに「大観山」という山があるのを見つけました。

 当時の私は箱根について『弱虫ペダル』で得た情報以外のことを何も知らなくて、前情報が何もない状態で行ったんです。宿からわずか5~6kmほどなのに、坂を上るにつれて次第に景色が開けてきて、最後に芦ノ湖と富士山が一望できる景色が目の前に現れました。あのときの感動はすごかったですね。

初めての大観山登頂。このときの経験がサイクリストとして一つのターニングポイントに

 絶景ももちろんですが、自分が気になった道に行ってみようと思ったことがこの景色につながったという感動が一番大きかった。この経験以来、気になった道に入ってみたり、事前に調べずに現地で探索したりすることが増えました。約束された絶景よりも自分で見つけた景色の方が心に残る気がします。動ける範囲を広げるためにも、もっと山に上れる力をつけたい─その思いが、いまも自分が自転車を楽しむ上での根っこになっているように思います。

―まるで何かに覚醒したようですね。そこからヒルクライマーの道を歩むことに?

 経験を積めばもっとヒルクライムがわかるようになるんだろうという思いで、最初はとにかく上る回数にこだわっていました。当時は「獲得標高=経験値」だと思っていたので、年間獲得標高28万mを目標にしていました。年間28万m上るには月に2万m上らないと達成できないので、フルタイムで仕事をしていたときは全休日を自転車につぎ込み、毎回3000m上っていました。最近はもう意識的に稼いではいませんが、気付くと大体年間40万mくらい行ってるかな(笑)。

 ただ、遊び感覚を大切にしたくて、同じ山を往復して標高を稼ぐのではなく、一筆書きのコースで標高を稼ぐというマイルールを作って楽しんでいました。一つの山を上って帰ってくるというよりは100kmをコンスタントに走った方がベースを作れる、というのはいまになってわかることですが、なるべくしてそうなっていた感じです(笑)。 練習だと思ってやっていなかったのが今につながったと感じています。競技志向で練習していたら、いま自転車には乗っていなかったかもしれません。

進化する楽しさ

―最近の自転車に乗るモチベーションは何ですか?

 最初のうちは速さとかパワーとか数字に見えるものを追い求めていたこともありましたが、最近は余裕のある走りができたらかっこいいなと思っています。それこそオフロードバイクに乗ったり、バイクコントロールの練習をするのもその一つ。自転車は車種が違っても共通するスキルがあると思います。

 以前は下りも嫌でしたし、平地も「1mも上らないのになんで走る必要があるんだろう」と考えていました。でも最近は視野が広がってきて、どんな場面でも色々考えながら乗るようになりました。以前は濡れた路面での下りがすごく怖かったんですけど、いまはどうバイクを操作すれば安全に下れるか、楽に走れるかを考えて走れるようになってきました。先日、大雨の中で1万m上ったときも、下りに恐怖を感じることは一切なく、自転車の全てを楽しめている自分に驚きました。下りをストレスなく楽しく走れる方法もいっぱいあるので、上りが好きな方はもっとこういう部分にも目を向けると良いのではと思います。

―坂を上っているときは篠さんでもつらく感じますか?

 心拍は上がりますけど、つらくはないですね。最近は脚をおろすだけで前に進むような感覚で上れるようになってきました。以前は使う筋肉を意識しながら乗っていましたが、最近は股関節から下を一つのパーツのような感覚で動かせている感覚です。プロの選手や速い人たちはそんな感覚で乗っているのかもしれないと思うと、自分がそのイメージに近づけていることが興味深いです。

 それに何より今の年齢になって自分の体を使いこなせることに感動します。運動神経が良い方ではないので何を習得するにも人の10倍ぐらい時間がかかりますが、その分考える作業がすごく楽しい。恐らくその過程も自転車が楽しいと感じられる理由の一つなんだと思います。

―今後の目標や挑戦したいことは?

 走ったことのない道を地図上で埋めていきたいですね。とくに峠道。交通量と信号が少ないから好きなんです(笑)。日本でもまだまだ走ったことない道があるし、海外の道も走りたい。自分が思いついた行程を難なく走れる走力は保ちたい。それが一番のモチベーションになっているように思います。

 レースについては…、やはりヒルクライムレース一つにかけてきた方には、自分のスタイルでは全く通用しないと感じています。なので来年は何かのレースに照準を合わせて全力でどこまでできるのか試してみたいという気持ちもあります。

 一方でグランフォンドにも挑戦してみたいと思っています。グラベル系の練習を始めてからロードの安定感が抜群に上がったように感じます。例えば前後のグリップにどれくらい加重をかけるかとか、これまではそんなことまで感じ取れてはいませんでした。それがなんとなく自分の頭や体で理解できるようになってきて、その感覚をすごく楽しんでいます。それを生かせるのがオフロードだと思うのでもっと挑戦してみたいと思っていますが…やりたいことが多すぎて時間が足りません(苦笑)。