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Interview インタビュー

金籠史彦さん

「ルールもハッピーな自転車環境を作るための施策の一つ」 自転車活用推進本部事務局次長・金籠史彦さん

金籠史彦(かねこ・ふみひこ)

国土交通省道路局参事官。自転車活用推進本部事務局次長。1976年東京都出身。東京大学経済学部卒業後、同省入省。外務省在ジュネーブ国際機関日本政府代表部参事官出向、国土交通省海事局総務課企画官等を経て現在に至る。愛車(ロードバイク)はブリヂストンアンカーRS9。

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 関係省庁が一体となって自転車政策を推進するために発足した「自転車活用推進本部」。そこで3代目事務局次長(実務の責任者)を務める国土交通省道路局参事官の金籠(かねこ)史彦さんは、一見“お堅い”肩書きですが、本人は自らのポジションを公私「合一」と認める根っからの自転車好き、いわば“官僚サイクリスト”です。楽しい話をするときはもちろん、政策に関する話題でも自転車愛が止まらない金籠さんのサイクリストとしての素顔に迫りつつ、ルールの整備やサイクルトレインの拡大等、ここ数年で加速している様々な自転車政策の裏側について話を伺いました。(Text&Photo: 後藤恭子

学生時代に米国を自転車で単独横断

─噂では金籠さんは「筋金入りのサイクリスト」だと伺いました。

 いや、そんなことないですけど(笑)。どういうわけか子供の頃から遠くに行くことが好きで、当時一番行動範囲を広げられる乗り物が自転車だったので、その道具としてよく乗っていました。大学時代に入った自転車の同好会でそれまで知らなかった自転車の世界に出会い、諸先輩方からもしっかり洗礼を受けまして(笑)、日本列島を自転車で南北縦断したり、富士山の頂上までマウンテンバイク(MTB)を担いで登って駆け下りたりと、色々やんちゃなことをしていました。大学卒業まで少し時間ができたので海外も走ってみたいと思い立ち、自転車での米国横断にもチャレンジしました。

大学時代に単独でアメリカ横断にチャレンジ(本人提供)

 かつてテレビで放映されていた『ウルトラクイズ』の影響なのか、米国といえば横断だろうと(笑)。ただ、当時はいまのようにルート検索のアプリもなく、どこをどう走れば良いのかわからなかったので、とりあえずロサンゼルスに到着して最初に図書館に行きました。司書の方に「ニューヨークまで自転車で行く道を調べたいが、ガイドブックか何かないか」と尋ねたら、あきれられました(笑)。

 調べる中で、英会話のラジオで「ルート66」という大陸横断 “旧街道”に沿ってロードトリップするというテーマがあったことを思い出し、R66に関する本を書店で購入し、まずはそれを辿って西海岸から東海岸までの約5,500kmを約2カ月かけて横断しました。途中、雪や雨に降られたり、3週間近く風景が変わらなかったりと心が折れまくりましたが(笑)、トラブルだけでなく楽しいことや素敵な出会いもたくさんありました。

 就職後も自転車は趣味として続けていて、週末は自転車で色々なところに出かけるような生活をしていました。留学や駐在などで海外へ行く機会をいただいたときも自転車は必ず持っていきましたし、行った先でレースやイベントにも参加しました。

「山が好き」という金籠さん。「峠はときに国境や州境で、上って来た村と下った先の村で言語や食文化、吹く風や天候の違いなどを感じられるのが面白い。そういうことを絶妙に、リアルに両方を味わうのに自転車が一番適していると思います」(写真はフランスアルプスのガリビエ峠:本人提供)

 2017年から3年間、自転車の先進地域である欧州に駐在し、自転車の様々な文化や事情に触れました。自分が将来この仕事を担当するとは予想だにしませんでしたが(笑)、日本と諸外国の自転車事情の違いを肌身で感じていました。幸いにもそのときに蓄積した経験や記憶を思い出しながら、「そうはいってもこれはできる」とか「これは流れとして作っていかなければいけない」などと今の仕事に生かすことができています。

─サイクリストとして国内外を走ってきて、現在の日本の自転車を取り巻く環境にどのような印象を持たれていますか?

 一言でいうと「変わってきた」です。私が学生時代に日本各地を走っていた頃は、スポーツやツーリズムの道具としての自転車やそれに乗って楽しむ人はかなりマイノリティな存在でした。それから20~30年経ったいま、その受け止めは間違いなく変わりました。

 自転車レーンなどの整備が進み、自転車は軽車両で「車道を走る」という認識も徐々に定着してきています。クルマを運転する方々とのコミュニケーションにも、変化を感じています。以前は私もけっこう幅寄せをされて危ない思いをしたことがありましたが、そういったことも最近はかなり減って来たように思います。地域の差はありますが、「道路をシェアする」という認識はかなり浸透してきたと感じています

 欧州の国々では押し並べてその辺のコミュニケーションが進んでいます。クルマ、自転車、歩行者の道路上でのコミュニケーションがとても自然で、かつお互いをリスペクトしています。追い越し方一つをとっても安全に配慮してくれるクルマが多く、その逆で自転車が歩道を走ると厳しく注意を受けます。「相互監視」と言うと固いですが、道路を利用する皆さんが幸せに移動できるようにそれぞれの“掟”を守るということが自然にできているように感じます。私もそうですが、自転車に乗るだけでなくクルマも運転しますし、歩行者にもなります。自分がその立場になったとき、お互いを理解すれば道路空間をどうシェアすれば良いのかがわかる。そういった相互理解の視点の大切さに気づかされました。

─最近は国内でも愛媛県の「思いやり1.5m運動」(※)のように交通ルールが浸透する地域もありますが、東京でそれを実現するにはどのような課題があると思いますか?
(※自動車等の運転者に対し、自転車の側方を通過するときは1.5m以上の間隔を保つか、徐行するよう呼び掛ける運動)

愛媛県が推進している「思いやり1.5m運動」のロゴ(出典:愛媛県庁HP)

 交通量が多く、道路空間も決して広くはない東京では、そもそもの構造的な課題が最もレベルが高いところで拮抗しています。それでも改善するにはどのようなことができるのか、全国でも自転車が安全で快適に走れる空間をもっと整備していくため、道路法を所管する国土交通省と道路交通法を所管する警察庁が連携して様々な検討を進めています。

 自転車通行空間の整備に関しては整備の考え方などを示した「安全で快適な自転車利用環境創出ガイドライン」があります。2016年の前回改訂時から約7年が経過し、アップデートが必要な内容もあるので、もう一段階レベルの高い環境づくりに向けて現在見直し作業を行っているところです。きたる7月には改正道路交通法が施行され、電動キックボードも自転車と同じ空間を通行することになります。今ある空間をできるだけ実態及びニーズに則した形で再配分していくか、警察庁とともに専門家の先生方も交えて検討しています。

 東京都もいま、自転車通行空間整備を含む自転車政策に非常に熱心に取り組まれているので、我々もしっかり波長を合わせながら取り組むことが重要だと思っています。東京が変わることによる全国への影響は大きく、気運の醸成につながるのではと期待しています。そのための規範となるガイドラインをできるだけ時代の要請に合わせて刷新していかなければならないと思っています。

キーワードは「自転車×〇〇」

─「変化」の一つとして、自転車を輪行せずにそのまま鉄道に載せられる「サイクルトレイン」も実証実験も含めて最近増えてきた印象です。

 その背景にはコロナ禍で鉄道事業者さんのお考えが非常に大きく変わったことがあります。コロナ禍の3年間で鉄道利用者が激減したことで新たな需要を取り込む必要性が生まれ、その結果、先行事例としてあったサイクルトレインというアイデアが各地で注目されるようになりました。

 このサイクルトレインの普及拡大は実は国の政策としても推進すべきとされていることでもあるんです。その背景にあるキーワードが「サイクルツーリズム」です。「サイクルツーリズムの推進による観光立国の実現」は自転車活用推進計画の中で4つある目標の1つに位置付けられており、サイクルトレインは「ナショナルサイクルルート制度」(※)と同様に、サイクリストの受入環境整備のひとつとして重要な施策となっています。
(※国を代表する世界に誇るべきサイクルルートとして、観光資源や走行環境、休憩・宿泊機能等の一定の水準を満たすサイクルルートを、国が指定したもの。2023年4月現在全国で6カ所のサイクルルートが認定されている)

実は鉄道ファンでもある金籠さん。自らサイクルトレインの取材に臨むことも(写真はJRきのくに線:本人提供)

 一方で、サイクルトレインの拡大にはもう一つの側面があります。それは「MaaS」(※)の進展と合わせた、多様なモビリティのベストミックスの実現です。いわゆる赤字ローカル線をめぐる話題が地方で注目されていますが、利用者が減っている要因の一つに移動手段としての利便性の低さがあります。例えば通勤や通学で自宅から3km離れた駅まで自転車で行くとします。鉄道に乗り換え、着いた駅から学校あるいは職場まで再び3km離れていたらどうでしょう。多くの人が鉄道を使わずに家から目的地までクルマで移動すると思います。
(※Mobility as a Service<サービスとしての移動>の略。交通手段による移動を一つのサービスでシームレスに連携させて移動の利便性を上げるサービス)

 しかし、もしその鉄道に自転車ごと乗れるようになれば、きっと鉄道を利用する人は増えるでしょう。これって道路空間の再配分とまったく同じ考えなんです。道路空間をクルマ、自転車、キックボード、歩行者にうまく再配分するとともに、公共交通機関というモビリティもうまく組み合わせれば、お互いが今よりもっと効率的に快適に動けるようになるはずです。「線」として整備する公共交通機関に対し、利用者は常に「面」で動きます。その移動ニーズをどうシームレスに実現できるかを考えたときに、鉄道は鉄道のことだけ、自転車は自転車のことだけ、バスはバスだけと単体で考えるのではなく、これからは、それぞれがどう連携できるかということも併せて考える必要があります。

自転車を含めたモビリティで描く「MaaS」(Getty Images)

 これはいわば“頭と心のエクササイズ”。「なるほど、モビリティは掛け合わせると線で整備したものが面で使えるようになるんだ」という気づきが得られれば、次は「混んでいる路線ではサイクルトレインは難しいのでシェアサイクルにしよう」とか、「シェアサイクルのポートが設置できない場所はレンタサイクルにしよう」という発想が生まれます。さらに観光地ならば、レンタサイクルは電動アシスト自転車が適しているとか、シティサイクルでなくスポーツ用自転車が良い等といった発想の展開もあり得ます。そういう意味でサイクルトレインは、これまで日本人が鉄道や鉄道の使い方に関して抱いていた固定観念を解きほぐす「頭と心のエクササイズ」の1stステージなんです。これは、バスでも全く同じことが言えます。

 自転車は「究極のコミュニケーションツール」だと思っていますが、それはサイクリング、イベントを通じた人との出会いだけでなく、もっというと政策もそう。自転車だけで政策を進めていても裾野は広がらないので、「自転車×〇〇」の部分を、政策分野でもいかに展開できるかが課題だと感じています。

「ソフト」と「ハード」を同時進行で

─想像以上に自転車をめぐる政策が動いていることがわかりました。最近は悪質運転の取り締まり強化やヘルメット着用の努力義務化等ルールの強化が話題として注目されていましたが、それら動きも自転車政策の一環ということでしょうか。

 締め付けを強化して自転車の利用を抑えるということではなく、むしろその逆で、乗るからには安全に、そしてルールを自然に守って、自転車がハッピーなモビリティとして普及することを目的としています。

 感染症の流行やカーボンニュートラル、大規模災害への対応等で自転車活用の社会的需要は高くなっている一方、自転車が関連する死亡事故は後を絶たず、交通事故全体の件数が減少傾向にあるなかで自転車対歩行者の事故も横ばいで推移しています。ヘルメットも、着用の有無による死亡率の違いを見ればその必要性は明らかです。車道を逆走してしまう人や歩道を爆走してしまう人がいなくなり、ルールを守ることが自然になれば締め付けの部分を表に出す必要はなくなるでしょう。ちゃんとしたモビリティの一つに位置付けられるということはそういうことなのです。

 インフラ整備が追い付いてない部分も残念ながらありますが、その点においても自転車の社会的存在感を正しく高めていくことが重要です。キーワードはソフトウェア(ルール)とハードウェア(環境整備)の同時進行。どちらかが先ではなく、自転車以外の道路利用者との道路空間の再配分を議論するには、自転車の効用や存在意義がもっと認められる必要があります。

 そしてもう一つ重要なことは、各々の道路利用者が「相互理解」と「共存共有」の精神をもつことです。クルマに乗っても自転車のことを理解する、自転車に乗ってもクルマを理解する、公共交通機関に乗っても自転車のこと忘れない。ソフトウェアやハードウェアに加えて、自転車に関係する様々な人々の間のオルグウェア(連携・コミュニケーション)も大事なんです。そういう視点が社会に広がるためにも様々なスタイルで自転車を楽しむ人がもっと増えてくれることを、一サイクリストとして願っています。