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スポーツ自転車の安全走行テクニックは子供時代のクラブ活動で学ぶ

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スペインの自転車事情<4>
スポーツ自転車の安全走行テクニックは子供時代のクラブ活動で学ぶ

 9月から新学年が始まるスペイン。子供たちは長い夏休みを終えて、元気に学校に戻り、友人たちと再会することになる。そんな新学年の始まる頃、子供を持つ親御さんの間で話題になるのが「子供の習い事、何にする?」ということである。スペインではそんな子供たちの習い事の選択肢の中に「Escuela de Ciclismo」(自転車学校)というものがある。サッカー教室や英語教室と同じような習い事の一つである自転車学校で、子供たちはどのようなことを学ぶのだろうか。(Photo & Text by Yukari TSUSHIMA)
チーム・プレゼンテーションの見学に来たスペイン・ビトリアの自転車学校に通う子供たち

義務教育中の子供たちが主役

 「自転車学校」で学ぶのは、大体6歳から14歳くらいまでの子供たちである。日本の教育制度ではちょうど小学校と中学校に通う子供たちが中心となる。6歳で「自転車学校」に入った子供たちのレベルは様々である。まだ補助輪付きの自転車に乗っている子供もいれば、すでに補助輪を外し猛スピードで道路を走っている子供もいる。こうした状況から「自転車学校」1年生の最初の課題は、「補助輪をつけない自転車でまっすぐ走れるようになること」となる。

 一方、自転車学校の先生たちは、ほとんどが自転車の専門家である。プロとして自転車レースを走っていた元選手や、プロのチームに帯同していたことのあるメカニックやマッサージャーなどが先生役を務める。例えば、アルベルト・コンタドールは引退後に自身の出身地であるマドリードのピント市に子供たちのための自転車学校を設立したが、彼の自転車学校には多くの元プロの自転車選手が先生役として働いていた。

 自転車の専門家が先生となって子供たちに教えるため、自転車学校の1年生が補助輪を外して自転車に乗れるようになるのは意外と早い段階で可能になる。

 しかし「自転車学校」の本領が発揮されるのはここから先の段階である。とりあえず自転車で走れるようになった子供たちに、次は安全に自転車をコントロールする方法を教えるのである。最初のうちは、子供たちは道路を走ることはほとんどない。自転車レース用のトラックや大きな公園などが彼らの練習会場になる。公園の中を走るときは土の上や草が茂った道路や砂場を走ることも多い。

 こうした自然の中で走ることを通して、自転車のコントロールを子供たちは体で学んでいくのである。こうした自然の中での練習はスピードをあまり出せないこともあり、コンクリートの上で落車するよりも怪我の可能性が少ないことも利点として挙げられる。

 一方、自転車レース用のトラックで練習するときには、走りながらボトルの受け渡しをしたり、他のサイクリストと一緒に2列並走の練習などをすることになる。こうした練習を繰り返し、次の段階として子供たちは道路に出てトレーニングをすることになるのである。

「ジムガーナ」で、自転車のコントロールを学ぶ

 そんな子供たちの自転車コントロールのトレーニングとして取り入れられているのが、「ジムガーナ」というゲームである。コース上に指定された一本橋や8の字走行、ボトル運びなどの障害物をクリアしながら進むゲームである。

ジムガーナに挑戦中の子供たち

 スペインでは、このジムガーナでも毎年スペイン選手権が開催される。各地方から代表選手が集まり、この競技のスペインチャンピオンが決定されるのである。

 走る・曲がる・止まる、という自転車の基本的な3つの動きをコントロールできなくては、ジムガーナでゴールすることはできない。そしてこの3つの基本的な動きをコントロールできるようになるということは、道路で走るときにサイクリストの安全確保につながるであろうことは、想像するのに難しいことではない。

 このように遊びを通じて楽しく安全に自転車に乗れるように子供たちを育てることが、スペインにある自転車学校のもっとも重要な目的である。意外にも、将来の自転車選手の育成を第1の目標に掲げている自転車学校は、スペインではほとんど見られない。

大人になって自転車に乗ることはなくなっても

 そしてこの「自転車教室」は、子供たちが成長し、大人になったときにもう一つ別の役割を果たすことになる。子供たちが成長して車を運転するようになった時に、自転車学校に通った経験があれば「道路にはサイクリストがいるものだ」という認識の下で運転できるようになる。車がサイクリストを危険にさらす可能性があることを認識していれば、サイクリストに注意をしながら運転できるようになる。

 スペインの自転車関係者は子供たちに自転車を教えることについて、しばしばこのように話す。「(自転車学校は)習い事の一つですからね。他のスポーツをすることももちろん良いことですし、スポーツ以外のことを習ってもまったく問題ありません。なにより、子供たちが楽しく自転車に乗れるようになることが、一番大事ですから」。この言葉は、自転車学校の持っている役割が将来の自転車選手の育成だけでなく、もっと他方面に影響を与えることだと理解しているからこそ出てくる言葉なのだろう。

對馬由佳理(つしま・ゆかり)
自転車ライター。北海道出身。10年以上スペインに住みながら、現地の自転車レースを追う。スペインの男女自転車ロードレース、シクロクロス、パラサイクリングの取材経験をもつ。